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【タガノビューティー×桜井吉章助手】通算38戦目で悲願のJpnI制覇──「守ってあげてな」亡き愛馬と一緒に写った口取り写真

  • 2025年01月26日(日) 18時01分
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▲タガノビューティーと桜井吉章調教助手(撮影:大恵陽子)


重賞やGI/JpnIで掲示板に入ること10回。タイトルまであと一歩続きだったタガノビューティーが昨年11月、JBCスプリントで悲願のGI/JpnI制覇を果たしました。ハナ差の大接戦を制しての勝利に、担当する桜井吉章調教助手(西園正都厩舎)は涙、涙の号泣。西園調教師も「桜井が一番泣いていたな」と笑うほどです。

そこには攻撃的ながらもレースでは真面目なタガノビューティーへの思い、そして後悔の念を抱き続ける亡き担当馬への思いがありました。種牡馬入りを控え、根岸S、フェブラリーSと挑むタガノビューティーについて伺いました。

(取材・構成:大恵陽子)

エサよりも人に噛みつきたい!?


──前走・JBCスプリントでの勝利、おめでとうございました。これまで直線の長い東京競馬場で好走するイメージがありましたが、直線200mの小回りな佐賀競馬場で勝ったことは驚きました。

桜井 佐賀は東京と形態が真逆ですからね。小回り、1400m、右回り。脚質的には僕も東京と考えていたけど、オーナーから「GI/JpnIで」とのことだったようです。お恥ずかしい限りで、オーナーのおかげです。

──向正面半ば、残り600m前後で動いていきました。

桜井 いままで確実に差してくるけど届かないレースが多かったので、自分で動いて勝って、最高でした。エンジンの掛かりが遅いので東京の長い直線がいいんですけど、スタートから800m走っただけでエンジンが掛かったなんて、不思議な馬です。よっぽど砂が合ったのか、気分が乗ったのか。(石橋)脩さんも勝ちたかったと思います。レース直後は「勝ったよね? 勝ったよね!」と言っていました。いつも騎乗した感触をレース後に連絡してくれるんですけど、「脩さんで負けたなら、それでええねん」という気持ちでした。こういう時代に30戦近くずっと乗り続けて、いいですよね。それに応えたこの子も偉いと思いました。

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▲「脩さんで負けたなら、それでええねん」という気持ちでした(撮影:大恵陽子)


──普段はどんな性格の馬ですか?

桜井 人に対して何かしてやろうというタイプで、だいたい馬はエサをあげるとすぐ食べに行くんですけど、この馬はエサそっちのけで人を噛みに来ます。だから、厩舎作業中もプロテクターを着けています。噛まれすぎて壊れて、調教師会に修理をお願いしたら「聞いたことないです」って言われるくらい、荒い性格です。

──となると、厩舎周りの運動やコースでも色々と気を使いそうです。


桜井 逆なんです。周りが気を使ってくれて、みんなどいてくれます。だから、タガノビューティーが勝った時は同じブロックの厩舎には「すみません、お礼です」と差し入れを持って行くようにしています。急に走り出して立ち上がったり、曳いている僕の前に出て蹴ってきたりするので、3回骨折しました。でもその気性が、競馬ではいい方に向いているかなと思います。

──パドックではそんな攻撃的なイメージはありませんでした。

桜井 パドックは行儀いいんですよ。装鞍所や、そこに行くまでが大変で、競馬場では他に1頭でもいたら闘志がむき出しになって、「やったるぞ」みたいな雰囲気で歩いています。

──苦労の絶えない馬だったんですね。JBCスプリント直後、ずっと涙を流しながらタガノビューティーを曳いていたのも納得です。

桜井 タガノビューティーのこの成績でやっとGI/JpnIを獲れたって思いました。重賞で何回も2着や3着に入っていて、重賞未勝利なのに3億2000万円近くも稼いだすごい馬です。

「守ってあげてな」レース前にいつも手を合わせるかつての担当馬


──かつての担当馬・イコピコの遺髪と写真もJBCに持って行っていましたね。2009年神戸新聞杯を勝ちましたが、レース中の怪我でゴール後に予後不良となってしまいました。

桜井 トレセンに入って初めて担当した馬でした。タガノビューティーも、かつて担当したハクサンムーンも、負けた時に「ああしておけばよかった」と後悔する仕事はしたくないと思ってやってきました。0が0.1になるだけでもいいし、プラスにならなくてもマイナスにさえならなければいいという思いでした。だけど、トレセンに入って初めて担当したイコピコだけは後悔が残っていたんです。あの時は経験もなくて……。怪我をして獣医さんに命乞いをして、でも無理で、目の前で息を引き取りました。それからはレース用の道具箱にイコピコのたてがみと写真と、ファンが作ったキーホルダーを入れて持って行っています。レース前にイコピコに「守ってあげてな」と言って、出走する担当馬には「お願いします」と撫でます。タガノビューティーは噛もうとするから、チョンチョンって撫でただけで終わりですけど(笑)。

──口取り撮影ではイコピコの写真を手に持っていましたね。ファンの間でもちょっと話題になっていました。

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▲2024年JBCスプリントの口取り。手に持っているのは愛馬・イコピコの写真(撮影:稲葉訓也)


桜井 馬主の方にも「何あれ?」と聞かれて、「すみません、個人的な遺影です」と。GI/JpnIだけは一緒に口取り写真を撮りたかったんです。イコピコは「頂上に」という意味。やっと頂上に立てたよ、と思ったんですけど、「ちょっと待て。JBCはJpnIで、まだGIは勝っていないな」と。それで夢が「GIを」勝つことに変わりました。

──地方競馬で行われる多くのダートグレード競走は「JpnI」表記ですからね。ところで、馬場入場時にクルクル旋回することでも有名だったハクサンムーンも担当していました。クセ馬担当のような立ち位置で、タガノビューティーも担当することになったんですか?

桜井 タガノビューティーは入厩当初は別の人が担当していたんですけど、入厩2日目に腰を骨折して。それから僕がずっと担当しています。ハクサンムーンの場合は攻撃的ではなくて、トレセンではただただ臆病で敏感な馬でした。

──競馬場に着いてからも馬房で旋回しちゃうので、8時間くらい馬房で立ちっぱなしで付き添ったりしていましたよね。個性が強い馬に対して心がけていることは何ですか?

桜井 絶対に思い通りにはいかないので、寄り添うしかないと思っています。人間もそうですけど、性格ってなかなか変えられないでしょう。対策はもちろんしますけど、ハクサンムーンは入厩して「はじめまして」の時から馬房で回っていました。タガノビューティーの場合は意外と単純で、背中を見せたら噛んできます。だから、馬栓棒をくぐる時でも常に目を合わせながらです。変な姿勢を取るので腰が痛いですけどね。

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▲「背中を見せたら噛んでくる」馬房でのタガノビューティー(撮影:大恵陽子)


レースでは絶対に真面目な優等生


──我の強さがレースでもいい方に出ているんですかね。さて、タガノビューティーの今の状態はどうですか?

桜井 今回は帰厩して風格が出たのかなっていうくらい、もう気持ちが入りすぎていて、いつでもぶっ飛んでいきそうな感じです。「GI/JpnIを獲ったことを分かっているのかな」ってくらい偉そうで、1頭でも誰か来たら「なに来てんねん」という雰囲気を出して機嫌が悪くなります。競走馬としてはいい意味で、息遣いもいいです。

──ますます気が強くなっているんですね。次走は根岸S。直線が長く、これまで何度も好走してきた東京コースです。

桜井 脚質的に展開や他に左右される面もあるので、そこが面白いですよね。でも、タガノビューティーはレースでは絶対に真面目。今まで「今日は伸びませんでした」っていうレースがなくて優等生です。

──その後はフェブラリーS、そして種牡馬入りが発表されています。この馬と過ごすのもあと2戦ですね。

桜井 感謝しかないですね。いますごく戦闘モードで、こちらも気を引き締めてやっている分、「早く無事に引退して」と思うこともありますけど、一緒にいるのもあと1カ月。人生からしたらほんの少しの時間しかもうないので、馬に感謝しながら日々過ごしたいなと思います。種牡馬になったら、netkeibaコラムの「クセ馬図鑑」に取り上げてください。

(文中敬称略)

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