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記者会見と根岸競馬場

  • 2025年01月30日(木) 12時00分
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 元タレントと女性とのトラブルをめぐる問題で、フジテレビが今週月曜日の夕方から行った記者会見は10時間以上に及んだ。私はテレビをつけずにいたが、SNSなどで会見が長引いていることは知っており、日付が変わってから見てみたら、まだつづいていた。が、女性記者のヒステリックな声を10秒ほど聞いただけで気分が悪くなり、すぐに消した。

 あの会見には、191媒体、437人もが参加したという。そのなかに、最初に問題を報じた「週刊文春」の関係者は何人いたのだろう。おそらく多くても3、4人で、437人のうち430人以上はそれ以外の媒体の人間だったはずだ。

 そのうち何人の記者が、「週刊文春」の記事の裏を取る取材をしたのか。この短時間ではたいしたことはできなかったはずだ。にもかかわらず、よくもまあ、あれだけ前がかりに騒ぐことができるものだと不思議に思う。

 しつこく同じ質問を繰り返す記者が何人もいたから会見が長引いたという。彼らは、会見から何らかの新事実が見つかるとでも思っているのか。

 ネタを得るため寒さに耐えたりひもじい思いをしたりしたわけではなく、相手がセッティングした会見の場に行って腰掛け、ほかの媒体をネタ元にしてあれこれ言うだけで、特別な何かを得られるわけがない。そんなふうに楽をして、簡単に手に入れたもの(情報)の価値など知れている。

 私は1990年代まではときおり「週刊文春」で仕事をしており、2010年代半ばすぎ、「文春砲」と言われ出したころに編集長だった新谷学さんとは二十代のころから「Number」などで一緒にページをつくっていた。ほかにも、現・元記者に何人も知り合いがいる。彼らは、ネタを取るために歩き回って靴底を減らし、ピンポンだこができるまで地取りをつづけ、無視されたり罵倒されたりを繰り返し、人格を否定されることに慣れ切ってしまうほど、日々汗を流している。テーマ決定に至る会議、取材、執筆、推敲、編集、校正……と、プロ集団が丁寧な作業を繰り返し、誌面をつくっている。よく調べもせず、「匿名」を隠れ蓑に思いつきで個人が投稿するSNSなどと違い、責任の所在も明らかになり、それがクオリティーの高さにもつながる。

 と、普段からそこまでしていても、人間のやることだから間違いはある。「週刊文春」は、フジテレビの会見が行われたあと、女性をトラブルの発端となった食事会に誘ったのはフジテレビの社員ではなく元タレントだったと訂正した。

 結構大きな訂正だと思うのだが、「週刊文春」としては、フジテレビの編成幹部がトラブルに関与した事実は変わらないと考えているので、会見などを行う予定はないようだ。

 フジテレビの社長と会長が今回の問題の責任を取って辞任したわけだが、その「責任」というのはどんなことだったのか。意味もなく辞めるわけがないので、そのうち明らかになるだろう。

 競馬場でも、GIレースのあと、勝利騎手と調教師の共同会見が行われる。どれだけの報道陣が集まっているのか、ちゃんと数えたことはないが、カメラマンや音声スタッフなどを入れても50人ほどか、多くても100人に満たないのが普通だと思う。

 これは敗れた関係者に囲み取材をするのとは話が違い、言ってみれば、授賞式のスピーチを聞くのに近い。そもそもテレビカメラが回っている場で話すわけだから、どうしても無難なコメントに終始しがちだ。オフレコのないところで面白い話が出てこないのは当たり前である。

 特に騎手は直後にファン向けのイベント出演が控えているので時間に限りがあるし、同じ質問を繰り返す記者を、この30年ほどで数えるほどしか見たことがない。

 では、何のためにメディアの人間はそこに出席するのか。

 私の場合は、騎手や調教師の表情や口調がレース前とどう変わったかを見て、さらに、周囲にいる記者たちの会見前後のざわめきや具体的な声に耳を傾け、現場の空気を感じるためにそこにいたいと思っている。何年、何十年と経っても自分のなかに残るのは、ひとつひとつの言葉より、むしろ、そうしたもののように感じている。

 さて、横浜市が2025年度、日本初の洋式競馬場である根岸競馬場の「一等馬見(うまみ)所」(スタンド)の耐震補強工事に着手するという。昨年1月の能登半島地震で歴史的建造物が大きな被害を受けたことを踏まえた取り組みとのこと。

 一等馬見所が建設されたのは1929年。旧丸ビルなどを手がけた建築家J・H・モーガンの設計で、2009年、経済産業省から近代化産業遺産の認定を受けた。さらに今年、横浜市が認定する歴史的建造物に指定され、保存活用に向け、耐震化されることになったわけだ。

 コンクリート造りの7階建てで、ハイカラな欧米文化の渡来を思わせる洒落た意匠だが、老朽化が進んでいるため立ち入りは禁じられている。

 横浜市は、築100年の2029年に合わせ、耐震化などを完了させたい考えだという。具体的な活用法は未定らしいが、山中竹春市長は、施設内に入ることができるよう整えるべきとの考えを持っているとのこと。

 建物や設備などの老朽化に伴う整備工事を行うため昨年12月27日から休苑している「根岸競馬記念公苑」(馬の博物館、ポニーセンター)の再開苑も、同じ2029年を予定している。

 一等馬見所と馬の博物館のリニューアルオープンのタイミングが揃えば、競馬ファンと歴史マニアにとって、根岸界隈はさらに楽しいエリアになるだろう。

 久しぶりにいいニュースを聞いたような気がする。

 手術後、車椅子から歩行器、杖へと昇格した家人が、手放しで歩くリハビリを始めた。順調なら、来週末か再来週頭には退院できそうだ。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆~走れ奇跡の子馬~』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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