■前回まで
新冠の武田牧場で生まれたハイセイコーは2歳時の1971年9月、大井の伊藤正美厩舎に入厩した。関係者にとてつもないスケールを感じさせ、3歳時の能力試験でも好タイムを出す。デビュー戦には若手の辻野豊が騎乗することになった。(馬齢は旧馬齢)
ハイセイコーのデビュー戦は、1972年7月12日、大井競馬場のダート1000mで行われる未出走戦になった。
前夜から降りつづく雨の影響で馬場状態は重になっていた。出走馬は6頭。3番枠を引いたハイセイコーは断然の1番人気に支持された。
鞍上は、騎手デビュー5年目、19歳の辻野豊。このレースの3日後に20歳の誕生日を迎える。
ハイセイコーにずっと稽古をつけていた兄弟子の高橋三郎が負傷して乗れなくなったため、彼に手綱が回ってきた。
──馬に落とされさえしなければ勝てるだろう。
辻野はそう思っていた。
そのくらい、調教での走りは強烈で、青天井の能力を感じさせられた。
それでも、初めての実戦だし、調教の終わりぎわに逆方向に行こうとするなど変わったことをする馬なので、未知の戦いに対する不安がないわけではなかった。
スタート前、輪乗りをしていたときのことだった。フクキングに乗った、辻野より2歳下の吉田公裕(きみひろ)が話しかけてきた。