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“跣蹄馬”という存在

  • 2007年03月06日(火) 23時48分
 「跣蹄馬」なる言葉を聞いたことがあるだろうか? 恥ずかしながら私はこの言葉をつい先日初めて知った。読み方は「せんていば」である。ユニオンオーナーズクラブ発行の月刊誌「マイホース」3月号掲載の中村義則氏執筆による「にっぽん競馬探訪」というコラムにこの言葉が登場する。意味は「蹄鉄を装着せずにレースで走る馬」のことだという。

 中村義則氏は以前「週刊・競馬ブック」などで健筆を揮っていたライターで、地方競馬に詳しい。このコラムの中で氏は高知競馬のことを取り上げており、「在厩馬全体の約20%が裸足でレースに出走しているが、その割合は徐々に増えてつつあるようだ」との驚くべき実態を紹介している。

 なぜ、裸足なのか。つまりは“経費節減”のためなのである。中央と地方、また地域などによって装蹄の価格は異なるはずだが、例えば北海道の育成牧場などでは約1か月弱の間隔で蹄鉄を打ち代えており、脚4本で概ね1万8千円〜2万円程度という。

 高知競馬場の場合はどのくらいの料金設定なのか分からないが、おそらくそう大きな差はなかろう。中村氏によれば「(高知は)1か月の預託料が10万円程度」という。一方の賞金は最低で9万円(1着)。出走手当てが2万7千円。「勝って得られる賞金が1か月分の預託料に足りなければ、どうしても無事に出走を重ねて堅実に手当を得る方を重視せざるを得ない」と高知の苦しい台所事情を紹介する。そして、多くの馬が連闘での出走を余儀なくされており、無理使いのために余計に馬が減るとの悪循環に陥っていると書いている。また「1人の厩務員が10頭以上の世話をしている厩舎もある」らしい。

 厳しい状況に追い込まれている地方競馬は実際のところかなり多いのだが、ここまで状況が悪化しているのはおそらく高知だけだろう。年末年始の4日間開催には、中1日というローテーション(12月31日、1月2日というように)で出走してきた馬がかなりいたというし、他の競馬場とはまるで厳しさが根本的に異なる。正直なところ「ここまでやらなければならないものか」との疑問さえ感じるエピソードの数々なのだ。

 もちろん、高知の場合は、ここまで徹底しなければ「廃止」となる可能性が高い。したくなくともせざるを得ない、と言う方が正しいかも知れない。周知のように高知は四半期ごとに収支決算が精査され、「赤字即廃止」という崖っぷち状態にある。1着賞金9万円は昨年7月に「売り上げに応じた定率方式により算定された額」ということなのである。

 そんな高知の最大の呼び物が3月21日に予定されている「黒船賞」だ。いわゆる交流重賞競走として、高知では破格の1着賞金3千万円である。ところが、このために財政事情の悪化が懸念されており、高知県競馬組合ではついに「支援金の募集」に踏み切ったらしい。当サイトの「地方競馬ニュース」(2月28日)にもその記事が掲載されているが、募集金額は1千万円。3月1日〜21日(黒船賞の当日である)まで受け付けており、1口1000円からという。

 実施することが早々と決定していたために、事情はどうであれ、予定通りに黒船賞は行なわれることになるのだろうが、優勝馬はもちろんのこと、掲示板を埋めるのは大半が中央からの遠征馬たち。せっかくの賞金が地元の馬主や厩舎関係者に還元される可能性は甚だ薄い。

 ならば、勝負では歯が立たぬとしても、興行としての成功が最低限求められるところだが、逆にこの高額賞金がネックとなって馬券売り上げから必要経費を差し引くと大赤字なのだという。

 これではもう無理に黒船賞を継続する意味はなくなっている。意味がない、どころかこれがアキレス腱となって廃止に追い込まれる可能性すら浮上してくる。やむにやまれず案出された「支援金募集」のプランだろうが、果たして効果のほどはいかなるものか。

 そして、現在は、高知競馬だけが断然厳しいと目されているわけだが、大袈裟に言えば、南関東以外の地方競馬はどこも「似たり寄ったり」の状況に陥っているのである。1着賞金9万円は確かに断然低いが、ならば15万円や20万円程度で果たして恵まれているなどと言えるものかどうか。馬券売り上げ回復のためのカンフル剤はそうそう簡単に見つからず、地方競馬の苦悩はまだ当分続きそうな気配である。

岩手の怪物トウケイニセイの生産者。 「週刊Gallop」「日経新聞」などで 連載コラムを執筆中。1955年生まれ。

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