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2007、八戸市場

  • 2007年07月03日(火) 20時00分
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 土曜日(6月30日)の夕刻、浦河を発つ友人の馬運車に同乗させてもらい、八戸市場を見学してきた。八戸には苫小牧からフェリーに乗船する。所用時間は便により異なるが、概ね15時間といったところか。列車やバスのように出発直前に駆け込むことは難しく、出港1時間前には埠頭に到着していなければならない。そして、船に乗り込む際には「乗船名簿」を記入し提出する。その昔、まだ青函連絡船で本州と北海道が結ばれていた時代のことを思い出させる光景だ。

 それにしても1歳馬の長距離輸送は、かなりの難業である。浦河を出発してから最終的に船中を含めてセリ会場に到着するまでざっと13時間ほどかかった。道中、馬運車の中で馬たちは基本的に「立ちっぱなし」である。輸送熱やむくみ、疝痛その他様々なアクシデントと隣り合わせで運ばれる。そして、今回は最終目標が市場に上場することであり、はるばる運ばれた後たっぷり休養できるわけでは決してない。これは、馬たちを連れてゆく人間はもちろんのこと、馬自身にとってもかなりの負担になるだろうとつくづく感じた。


 さて、セリ前日に到着した人馬はさっそく整えられた馬房に入れられ休息を与えられるのか、と思いきや、さにあらず、スクーリングとシャワーが待っていた。スクーリングとは読んで字のごとく馬たちが「初めて連れて来られた場所に慣れるため」に会場内を見せておく作業である。北海道から同行した10頭が牡と牝とのグループに分けられ、一列になって常歩で敷地内の展示場所を歩く。本番は翌日だが、セリ当日の朝にももう一度同じことを繰り返し、より万全を期そうというわけである。

 そして、スクーリングが終了すると今度は旅の汚れを洗い流す作業に移る。空いたスペースに馬を立たせ、ゴムホースで水道水を引き、1頭ずつ「水洗い」である。四肢の先まで丹念に洗い清め、水分を拭き取って馬服を着せる。朝8時に現地到着後、こうした作業が昼食抜きで午後3時頃まで続いた。

スクーリング 丹念に水洗い

 さて、翌7月2日(月)。やや雲が多いながらもまずまずの好天に恵まれ、セリ当日を迎えた。青森県内から続々と馬運車が終結し、待機馬房のあちこちから馬たちのいななく声が聞こえる。北海道からの遠征組を含め、この日の上場馬は6頭欠場の計75頭。気がかりなのは年々上場頭数が減少してきていることで、2004年126頭→2005年90頭→2006年86頭、そして今年が75頭である。かつて、北海道からの遠征組が高額取引の上位を独占してしまうことから地元生産者より怨嗟の声が上がったこともあると聞いているが、皮肉なことに現在では北海道からの上場馬なくしては市場が成立しないところまで来ているという。もし八戸に市場がなくなれば、前述したのとまったく逆のコースで青森の生産者が北海道へ馬を連れて遠征することになる。牧場の経営規模や労働力などを考えると、日高以上に零細規模の生産者の多い青森では生産活動の継続がかなり難しいものになろう。青森という産地を守るために市場は何としても死守しなければならないのである。

好天に恵まれたセリ当日

 午前9時20分より展示が始まった。75頭を4グループに分かち、30分ずつの時間をかけて購買者が1頭ずつ上場馬を見て回る。購買者登録を済ませたのは48人。その他、私のような見学者も多数訪れており、場所がやや狭いせいもあるとはいえなかなかの賑わいに見えた。驚いたことに、この日、JRAの高橋理事長も来場し、会場内を熱心に巡回していた。展示後は待機馬房まで足を運んでいたほど。果たして理事長の目に、八戸市場ののどかな雰囲気がどう映ったものか気になるところだ。

展示

 展示が終了した後、たっぷり1時間程度の昼休みが確保されていた。上場馬が少ないため、このくらいの余裕が生まれてしまうのだ。セリ開始は午後1時。今や「日本一の名調子」とも言われる松橋康彦鑑定人が壇上に立ち、1番の馬よりセリが始まった。

 八戸市場は、以前日高でも見られたような、上場馬が「円形」のスペースを引き馬で回る方法で行なわれる。妙に懐かしい気分にさせられるのはこういうところにもある。頭に手ぬぐいを巻いた人やつなぎの作業服で馬を引く人など、日高ではほとんど見かけなくなったようなスタイルもまだここでは生きている。

鑑定人 円形の引き馬で行われる八戸市場


 セリは約2時間余で終了し、結果は75頭中25頭が落札された。率にして33.33%。最高価格馬は66番「ミシシッピーミスの18」(父シルバーチャーム、牝鹿毛、新ひだか町・水上習孝氏生産、コンサイナー・ハッピーネモファーム)の1110万円(税抜き)。売り上げ総額9408万円(税込み)。昨年より約1000万円ほど下落したのは上場頭数の減少分が響いたか。むしろ落札馬の平均価格は40万円近く上昇しているので、一応の結果は残せたと言えよう。

 なお、この日最も注目を集めたのは52番「モーリフェアリーの18」であった。先週のこの欄でHBAトレーニングセールのことを書いたが、その際に最高価格馬(税抜き3500万円)で落札されたのがこの馬の兄。しかも、その兄が昨年の八戸市場で370万円にて取引された馬であることから、この弟にも俄然視線が集中した。結果は540万円(税抜き)でJRA中央競馬会が落札。今後は宮崎育成牧場にて調教を積まれた後、来春のブリーズアップセールに登場の予定である。

 それにしても、八戸市場の存在は地元の生産者にとっては事実上の命綱に等しい。何とか続いて欲しいと願わずにはいられない。

岩手の怪物トウケイニセイの生産者。 「週刊Gallop」「日経新聞」などで 連載コラムを執筆中。1955年生まれ。

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