勢司和浩調教師は、管理馬である1頭の牝馬に対して「非常に難しい」と表情を曇らせていた。
「道中は人間の指示に従い我慢しているのですが、直線で“さあ、行こう”となると逆らうようになってしまったのです。前に1頭の牝馬について話をしましたが、実は牝馬の方が精神は強いんです。もし動かなくなってしまったならば、ステッキどころか、青竹が割れるほど叩いても動かないくらいですから。難しいと言ったその牝馬も、根底にはその強い精神を持っているのです。それはわかっていたので、精神を壊さないように、そして人間の指示に従うことを教えるなど、できる限り競馬でそういう面が出ないようにしてきたのですが、やはり本質的な強さが出てきてしまいました。我々はその気持ちをまた走る方向へ向けていくのですが、今は、例えどんな強い精神を持った騎手であっても、彼女を動かすことはできないのかもしれません」
その言葉に出てきた“騎手”という存在。勢司厩舎の管理馬たちがレースに出走するとき、実に様々な騎手たちがそこに跨っている。何か拘りがあるのだろうかと尋ねると、「馬主さんの要望もありますし、それぞれの騎手のタイプや相性もありますので、特定のというこだわりは僕自身はありません」というと、「ただ、騎手ばかりではなく、スタッフもそうですが…」と続けるのだった。
「かの有名なピゴットも『ジョッキーとして一番大切な資質は“勝つのだ”という気持ちだ』と言っていますが、人間が諦めたら馬も諦めてしまうのは当然です。全盛期、ピゴットの勝つという意志が溢れた騎乗を見て気迫を感じさせられましたし、やはり気持ちなんだと思わせられました。最後まで闘争心を失わせないためにはそれだけの強い精神を持っていなければ、馬は動かすことはできませんから。レースでそれをできるのは騎手だけです。ただ、普段携わっているのはウチのスタッフたちですので、やはり良い結果を、勝たせようという強い気持ちがなければこの仕事はできません」
勢司師は大前提として、“馬に負けない強い精神の持ち主”でなければならないということを、スタッフ、そして騎手に求めるということなのだ。
「それくらいでなければ勝てないじゃないですか」という勢司師は、その思いに応えるべく「だからと言って気持ちだけではダメで、やはり心肺を含め強い肉体づくりが必要なのです」と強い馬をつくる難しさを口にする。この馬づくりにおいて、勢司和浩厩舎に強い影響を及ぼしたという騎手の名前をあげてくれた。岡部幸雄、その人である。
「馬を育てるということは点ではなく、一本の線なのです。つまり、その1戦だけではなく、将来をも見据えながら勝つことを目指さなければならないと言えるでしょう。開業当初、例え勝っても『ダメなものはダメと言える岡部さんに乗ってもらうことが多く、納得してもらえるように馬をつくり仕上げる、という意識が強く、ひとつの目標でもありましたから。実は、勢司厩舎の初勝利、そして初重賞ともに岡部さんだったのですが、1度もダメ出しされたことはありませんでしたけれど(苦笑)。将来を見据えることができないと、いま何をするべきかもわからなくなってしまったりするのです。競馬は1回だけではありません。その一方でもちろんその目前のレースも大切です。ですから、将来を見据えたなかでの、今日のレースという捉え方をしますし、そうしないと馬は育っていきません。岡部さんの経験に裏付けされた厳しい眼というのは、大きかったですね」
その岡部イズムは、スマイルトゥモローのオークス制覇にも大きく影響したという勢司師は、“馬に負けない強い精神”と“将来を見据えたなかでのレース”というふたつを騎手に求めるということなのだ。
続く

勢司和浩 (せいし かずひろ) 美浦所属
船橋競馬場の厩務員を経て単身アイルランドへ競馬留学。名馬ニジンスキーを手掛けるヴィンセント・オブライエン厩舎で2年間の修行を積み、日本へ帰国後は昭和61年から美浦・稗田敏男厩舎、平成2年から美浦・国枝栄厩舎で調教助手を経験。平成11年から美浦トレーニングセンターの調教師となる。02年スマイルトゥモローでオークスを制し、GI初勝利を挙げた若手調教師。
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