今年74歳になる社台ファーム代表の吉田照哉さん。ノーザンテーストを探し、サンデーサイレンスの交渉にあたるなど日本競馬への功績は数限りないが、私は2人のジョッキーを育てたことも大きいと思う。その1人が武豊騎手だ。
武豊騎手がデビューした頃、社台グループが預ける厩舎は今のように多くはなかった。松山吉、松山康、二本柳俊、栗田博、矢野進、小林稔、渡辺栄ら。名門であるが、そこには所属騎手がいて武豊騎手はそれほど縁がなかった。
ところがデビュー8年目の1994年に照哉さんから電話が入る。「武さん、キングジョージに乗らないか」。同レースで1番人気になったホワイトマズルへの騎乗依頼。フランスのスキーパラダイスにも乗せ、武豊騎手は同馬で初めて海外G1(ムーラン・ド・ロンシャン賞)を制す。その後、武豊騎手は国内外で社台グループの馬と大レースを勝ちまくるのだ。
照哉さんの力を得たもう1人が蛯名正義騎手だ。師匠の矢野進調教師に連れられて、見習いの頃から照哉さんから競馬を学んだ。
95年の天皇賞・春。ステージチャンプでG1にあと一歩まで迫り、96年の天皇賞・秋、バブルガムフェローでのG1初制覇、そして皐月賞馬イスラボニータも馬主は系列の社台レースホースだ。
けっして優しいだけではない。ある時パドックで3人と一緒になった。照哉さんは「きみは最近、しょっちゅう出遅れるよなぁ」と武豊騎手にピシャリ。武豊騎手がすいませんと去ると、私に「もう一人、スタートが下手な騎手がいるね」とニヤリ。今度は蛯名騎手が謝って去った。ただ乗せるだけでなく言うことは言っていた。
大事に育てた2人のうち、蛯名騎手は引退して調教師になる。いつの日か社台ファーム生産、蛯名正厩舎、武豊騎手でG1に出てほしい。その馬には3人の30年以上にわたる競馬への情熱が詰まっているはずだ。(作家)
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