海沿いの馬術場に、津波を生き延びた3頭の馬がいる。「奇跡の馬」。そう呼ばれてきた。一帯は被災して散り散りになったが約2年半前に戻って来た。
馬術場の所長を務める木幡良彦さん(56)は「人が住めなくなった土地だからこそやる意味がある」と言う。
肌を刺す寒風のなか、金を帯びたたてがみを揺らして雌馬のキャンディ(18)がやって来た。
「海岸公園馬術場」(仙台市若林区)は2018年7月、海から約800メートルの東部復興道路沿いで再開した。敷地約3万平方メートル。かつて周辺は民家や田畑があったが、いまは災害危険区域となって人は住めず、まだ松林も生えそろっていない。
10年前、乗馬のレッスン中だった木幡さんは防災無線が鳴り響く中、車で避難した。仙台空港が津波にのまれるニュース映像を目にしてがくぜんとした。厩舎には55頭がいたが「全滅だ」と直感した。
翌朝、馬術場に向かうと、辺り一面が水につかりまるで湖だった。遠くに厩舎が残っているのだけは確認できた。
馬術場からさらに内陸に2キロほどのところを走る高速道「仙台東部道路」で、津波はせき止められたようだった。周辺を歩いていると、道の真ん中に見覚えのある馬がじっと立っていた。キャンディだった。馬は泳ぎが得意だとは言え、津波から生き延びたのは奇跡だと思った。
厩舎に他の馬の姿もあった。全国からの応援スタッフとともに生き残りを捜索。がれきに挟まった馬を助け出したり泥に埋まって死んだ馬を運び出したり。「こんな時に馬の命か」との声もあったが、人間に危害を加えるリスクがあった。55頭のうち36頭が無事で、県外の乗馬クラブに移した。
海岸公園はがれきの搬入場となり災害危険区域になった。事態が変わったのは13年。仙台市が「復興のシンボル」として公園の整備方針を打ち出し、復旧が始まった。
キャンディを含む3頭が戻ってきて再開。馬術で五輪に出たこともある木幡さんは、自慢の演技を披露して盛り上げた。
いま厩舎にいるのはポニーや、名馬ディープインパクトを父に持つ馬など26頭に増えた。
「『復興した』とはまだ言えないよ」。木幡さんはそう漏らす。会員は400人ほどで震災前の半分にとどまる。それでも少しずつ人の流れが戻りつつある。
「みんなが戻ってきてくれたらいいね」。木幡さんはそう言ってキャンディの鼻をなでた。
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