発売中のNumber PLUS「名馬堂々。」は、1980年の創刊以来、Numberの誌面を彩ってきたノンフィクションの傑作選だ。発売翌日に増刷が決まり、名馬たちの物語には時代を越えて魅力があることを改めて実感している。
表紙を飾っているのは98年の毎日王冠で返し馬に臨むサイレンススズカ。Number456号「秋競馬G?プレビュー『最速伝説』」の表紙にもなっている写真だ。この号の発売10日後に行われた天皇賞・秋、サイレンススズカは故障し競走中止。安楽死処分がとられた。
サイレンススズカという稀代の名馬の持つ美しさ、儚さが見事に表現されたこの写真は、当初からこの号の表紙の最有力候補だった。だが、数々の名馬に跨ってきた武豊騎手ならどの馬を選ぶだろう。単純な好奇心から、武騎手にインタビューした際「表紙はどの馬がいいと思いますか?」と尋ねてみた。
「やっぱり、ディープ(インパクト)じゃないですか。うーん……やっぱりディープかな。オグリキャップも凄かったけど。サンデーの仔だったというのもあるし、近代競馬の象徴みたいなものだからね、ディープは」
この答えに、「実は、サイレンススズカにしようと思っているんです」と打ち明けると、武騎手は少し驚いたような表情になった。ただインタビューの聞き手を務めていた片山良三さんが「あの馬のドラマ性は凄いからね」と言うと、武騎手は頷きながら、
「スパッと終わっちゃったからね。(サイレンススズカが)もしいたらっていう……」
サイレンススズカが、もしいたら。もしあのまま走り続けていたら。そんなifのドラマをファンに長く想像させる馬は滅多にいない。やはり競馬が持つドラマを描いたノンフィクションの傑作選の表紙に相応しいのは、サイレンススズカしかいなかった。
そうして23年ぶりに表紙として堂々と府中のターフに立つことになったのである。
最後に。サイレンススズカの担当をしていた加茂厩務員はあの天皇賞のあと、まもなく厩務員を辞め、今は故人となっている。
サイレンススズカの死から10年後に書かれたノンフィクション「理想のサラブレッドに見た夢」の筆者でもある片山さんが、加茂さんのご子息(現在は専門紙TM)に「名馬堂々。」を渡したところ「仏前に供えます」と喜んでいたそうだ。サイレンススズカは、今なお多くの人の心の中で生き続けている。
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