どうしても実験したいことがあった。猛スピードで疾走する馬を御しながら、きっちりと意図したペースを刻むジョッキーって一体、どんな体内時計を持っているのか? そんな興味が抑え切れず、かねて「時計感覚だけは自信がある」と豪語していた
田辺裕信ジョッキーを調教後に呼び止めた。ストップウオッチを手渡し、「目をつぶって10秒で止めてください!」とお願いすると快諾。神経を集中させ、いざスタートボタンを押した。その結果は…。
「11秒7」
凡人…いや、それ以下の結果に思わず2人で爆笑してしまった。もちろん、田辺の時計感覚に欠陥があったのではない。最大の落ち度は実験方法だ。「馬に乗っている時は1、2、3…なんて数えてませんから」と言われ、改めて
トンチンカンな実験を猛省した次第である。
「僕は受けた風圧や馬の脚のリズムでペースを判断してます。だから“200メートルを15秒で走れ”って言われたら1秒ズレずにできますが、ストップウオッチじゃあ無理。日常生活で全く役に立たない能力ですよ(笑い)」
先月の
中京記念では
グレーターロンドンに騎乗。ハイペースを読み切ってギリギリのところで脚をためつつ、前が止まらない馬場も頭に入れた絶妙な位置取りから差し切ってのレコードV。多くの関係者が田辺の体内時計を絶賛する理由がよく分かる。
「一度、調教で数えようとしたけど、馬の脚の刻みが秒数よりも速くてつられてしまう。耳元に装着して1秒ごとにピッ!って鳴る
メトロノームもありますが、あれもダメ。確かに時計とは合いますが、馬がムキになっているのに無理やり抑えたり、落ち着いているのに行かせたり…結局、競馬はモータースポーツじゃないですから」
乗っているのが生き物なら、レースの流れもまた生き物。それを研ぎ澄まされた体内時計で感じ取り、ペースを操るのがジョッキーの仕事なのだ。一般的にハイペースでは先行馬がバテて差しが決まり、逆にスローペースでは差しが届かず先行馬が残りやすいと言われる。これに対する説明も実に説得力があった。
「基本的に前にいる馬って、ポジションを取りに行って脚を使っていますよね。それが最後に響くんですよ。あと精神状態もリンクしている。馬ってゴールを分かっていないんです。自分はどこへ向かい、どれくらい走るのかを理解していない状況で、いきなりスタートでGO
サイン出されて心拍数が上がったら、そりゃあ精神的にも疲れますよ。それより道中で遊んでいるくらいの方が最後で頑張れるんです」
でも…と、つけ加えた注釈には、なんと
レパードSの馬券のヒントが隠されていた。
「スタートで出していくと消耗するけど、脚を使わずにポジションを取れたら理想。その最高形が
サイレンススズカです。勝手に自分のペースでハナを切って勝ち切るんだから無敵ですよ。僕が乗る
アルクトスもスタートが上手で無理に出していかなくてもポジションが取れる。しかも最近は脚をためる競馬も覚えて、馬群で控える形で力を出しているんですよね~」
まさに時計を操る“ペースの魔術師”にもってこいの馬ではないか。以前は裏切られたが、再び田辺の策士ぶりに期待して◎を打つ。
(童顔のオッサン野郎・江川佳孝)
東京スポーツ