3月は別れの季節。しかし、トレセンのそれは1か月早くやって来る。今年はムチを置く騎手こそいないものの、東西で8人の調教師が引退。見知った顔がいなくなってしまうのは、そこまで懇意でなかった場合でも寂しいもので、その喪失感は体験した人間にしかわからない。
「周囲は残念がってくれたけど、僕自身は早く調教師になりたくてうずうずしていた(苦笑)。騎手を辞めることに未練はなかったんです。寂しいのは去っていく方を見送るとき。毎週のように会っていたのに、ある日を境に会う回数が極端に減ってしまう。僕にとっては山本(正司)先生がそうでしたね」と振り返るのは松永幹調教師。
師匠である山本調教師から引き継ぐ形で厩舎を開業したのは2007年。その前年の06年には「競馬の神様が降りてきました」の名言で知られる
ブルーショットガンの
阪急杯で、騎手生活最終日に重賞制覇とド派手な“
サヨナラホームラン”を決めているミッキーだが、自身はムチを置いた06年よりも、師匠の引退された07年のほうが寂しさが募ったのだとか。松永幹師の人柄を物語るエピソードだ。
06年2月26日は
JRA通算1400勝達成のほうに自身の気持ちが向いていたようで「
阪急杯の前の時点で1398勝。(単勝)1倍台の最終レースは勝てると思っていたけど、それまでに勝てそうな馬で勝てなかった。一つだけ足りずに終わるんだな…。そんなことを考えていましたね。だから(
阪急杯勝利は)自分でもビックリ。2着だった安藤(勝己)さんからも“まさかミキオちゃんの馬に負けるとは思わなかったなあ”って。誰も勝てると思っていなかったことがわかる話でしょ?」。そんな背景があったからこそ、勝利インタビューで「神様」のフレーズが出てしまったのだろう。
ちなみに予定通りに最終レースも勝って1400勝を達成した師の元には「同じ日の
中山記念を
バランスオブゲームで勝った(田中)カツハルが“珍しく重賞を勝ったのに競馬面を全部持っていかれる”と言ってきた(笑い)」と苦情か祝福かわからない電話もあったのだとか。
あの日の記憶が現在も鮮明なのは、それが“特別な一日”であったため。そんなセンチメンタルな瞬間に、また立ち会うことになる。ハンカチ必携で阪神競馬場に向かうつもりだ。
一方で今年のその日は「明日への一歩」を踏み出す大事な日になる。昨年の
秋華賞で9着に敗れた
ラッキーライラック。一昨年の
最優秀2歳牝馬が復権をかけて、強豪の揃う
中山記念で大事な今年初戦を迎えるからだ。
「
秋華賞までにいろいろなことがあって…。それでも格好はつけられる仕上がりになったと思っていたんだけど、実際は中身ができてなかった。レース後に息が入らなかったのはデビュー以来、初めてだったからね。だから、しっかりと休ませて作り直すことにしたんです。おかげで今回は雰囲気がいい。相手が揃ったし、胸を借りる一戦になるのは確かだけど、ここでいい走りをしてくれると今後が楽しみになる」
春の最大目標は
ヴィクトリアマイルであり、その前哨戦である
阪神牝馬Sを
ステップにしたローテーションが基本線と松永幹師は言うが、このメンバーを相手に好走できるようなら――。
「
大阪杯も視野に…なんて言えるような結果になれば最高ですね」
確かに今回の仕上がりは上々。その言葉が現実となることを期待してみたい。
(栗東の本紙野郎・松浪大樹)
東京スポーツ