JRAは5日、2020年度の新規調教師免許試験合格者を発表。8人が難関を突破した。
四位洋文(47)=栗東・フリー=は当日、午前9時半ごろまで栗東トレセンのスタンドから調教風景をながめていた。「頑張れよ〜、頑張れよ〜」。「ダメか…。(外へ逃げたのは)内の馬を見たからかな。難しい馬やね」。馬と乗り手を鼓舞するようにつぶやく。人馬が戻ると、話しかけて自分の見た印象と乗り手の感覚をすり合わせる。空き時間ができれば、調教に熱い視線を送る。そんな姿を目にすることが多くなった。
桜咲く-。午前10時に発表された吉報を、ダービージョッキーはJRAホームページで確認した。「どこで見るの?と聞かれたけどね。トレセンの掲示板だと、落ちてたら…ねぇ…。だから一人でコソッと」。照れながら話した。
8歳から乗馬を始めた四位は、勉強よりも馬に触れる時間の方が多かった。憧れだったジョッキーとなり、07、08年と夢だったダービーを連覇。騎手として輝かしい成績を残す一方で、調教師になりたいという思いが増していった。
決意したのは2年前の夏だった。「40歳を過ぎたあたりから、周りに“調教師にならないの?”って聞かれるようになって。騎手から調教師になった先輩、後輩からいろいろと話を聞くなかで、騎手にない、やりがい、魅力を感じた」
昨年、初めて調教師免許の一次試験(学力および技術に関する筆記試験、身体検査)を受験した。試験終了後は、「手が震えた。難しい。甘くない」と肩を落とし、「鉛筆なんて何十年も持ってない。馬には乗れても、獣医学とか法規とか、ホント難しい…」と苦笑い。結果は不合格だった。
2度目の受験となった今年は、一次試験を突破。持ち前の探究心から、二次試験の準備も怠らなかった。レース当日には競馬場で、厩舎を出発する馬と一緒に、装鞍、レースへ向かうまでの作業、そして、レース後の検体採取まで付き合った。
「ジョッキーをやっていると、普段見ることがない。栗東の診療所でも、いろいろと教えてもらったりした。たくさんの人が関わって競馬ができているのを実感した。知らないことも多かったし、いい経験をさせてもらった」
また、先に調教師となった元ジョッキーの後輩に頼み込み、模擬試験をやってもらう日々。見事に合格を手にして、「応援してくれる後輩たちもいたし、周りに頑張れと言われて。そういう人たちがいたから頑張れた」と感謝する。
調教師の魅力とは何か-。「騎手は毎週違う馬に乗せてもらうけど、調教師は馬房の数が限られていて、管理する頭数のなかで戦っていく。子馬から成長が見られて、飼料、調教方法などで成績を上げていくのが魅力。ジョッキーは一人でもオッケーだけど、厩舎はチームワークが必要だからね。勝ったらみんなで喜べる。馬主さんが高い馬を買ってくれて、預かるわけだから、楽しいけど大変な仕事。でも、そのプロセスはやりがいがあると思う」と語る。
昨年、一次試験受験後に聞いた言葉。「競馬は点じゃなくて、線なんだよ。一人の騎手が厩舎と一緒に馬をつくるのが魅力なんだけどね。今はそうじゃない。騎手が調教師になって、少しでも変わればいいな、と思う」。前走からどうやって次のレースにつなげるか。厩舎とジョッキーがコンタクトを取って、馬の能力を伸ばしていくのが理想形。四位はそんな作業を積み重ねて、成績を上げてきた。
ただ、昨今の競馬は外厩が進化し、トレセンの馬に対する関わり方も変化した。また、ジョッキーの乗り代わりも多く、ジョッキーと厩舎の関わり合い、結びつきが変わりつつある。
調教師試験に合格した今でも、思いは変わらない。「調教師になられたジョッキーの先輩方も頑張っておられる。自分に続く後輩が調教師を目指そうと思ってくれたらいいな、って。魅力的な仕事だと感じてもらえれば。そのために自分も頑張らないとね」と力を込めた。
「まだジョッキーだからね。それを忘れないでよ」。四位が笑う。来年2月29日までは、騎手としてひとつでも多くの勝ちを目指す。「引退すると、そのあとは競馬に乗れなくなるので。いろんな感謝の気持ちを、いろんな思いを込めて乗りたい」。今夏の函館開催終了後、一次試験に備え、2カ月間レースから遠ざかっていた。9月22日の復帰週に勝ち、「やっぱり競馬は楽しいよ」と優しい表情を浮かべたのが印象的だった。
誰もまねできない華麗な騎乗フォーム。ポジション取りや、絶妙な仕掛けのタイミングなど、何度も“さすが”とうならされた。記者も“ジョッキー・四位”に魅了された一人だ。「競馬は楽しい」。「馬は面白い」。彼から何度も聞いた言葉だ。さみしい気持ちもあるが、第二の人生も非常に興味深い。ラス
トライドまで残り2カ月。馬を愛するジョッキーの騎乗を、この目に焼き付けたい。(デイリースポーツ・井上達也)
提供:デイリースポーツ