ジャパンカップ2日前のことだ。運動を終えた
アーモンドアイを担当の根岸真彦助手が馬房に収めようとした際、見守っていた
国枝栄調教師がたまらんといった様子で声をかけた。
「おい、最後に一度くらい乗せてくれよ」
写真は国分カメラマンがその瞬間を収めた一枚。トレーナーの最初で最後の騎乗シーンである。“レースまで絶対紙面に載せるな”の約束もようやく時効。苦楽をともにした師の表情が、見れば何とも愛くるしい。
時効といえば、忘れられない出来事がある。2年前の秋口、番頭格の鈴木勝美助手が「
レイデオロとどっちが強いの?」と主戦ルメールに尋ねたのだ。名手はニッコリ笑って「
アーモンドアイが全然速いね」。それは
レイデオロが
天皇賞・秋を制した矢先のこと。こちらは3冠を達成したばかり。時期が時期だけに衝撃は相当だった。ともに引退した今だからこそ明かせる秘話である。
「地の果てまでも走れそう」
これは92年の
天皇賞・春で初の長距離戦を迎えた
トウカイテイオーに対し、主戦・岡部幸雄が放った名ゼリフ。むろん厳然たる距離適性は存在するし、それは騎手だって百も承知。だが、こんな感銘的な比喩を用いたくなる名馬がまれに出現するのだ。
アーモンドアイが
凱旋門賞を断念した際、記者は「競馬における大いなる可能性の損失」と記した。岡部騎手が
トウカイテイオーに抱いた思いと共通する何かを、
アーモンドアイ陣営も秘密裏に抱えてきたからだ。実際、ラストランを終えてこんな言葉があふれ出す。
「終わってみれば、これほどの馬を負かしちゃいけなかったよな。できるならヨーロッパやアメリカで走る姿もファンに見せたかったな」。続けて指揮官はこう言って笑った。「JCを見ると精神的にはようやく成熟してきた感じ。あと1年だって余裕で走れるね」
これほど強い馬がなぜ引退するのか--。知人からは質問を受けた。サラブレッドは繁殖も重要な仕事と、したり顔で説くことはできよう。だがあえて“いい潮時だ”と断言してみた。なぜなら続戦しても今年の
ジャパンカップほど感銘を与える走りは生涯二度とないだろうから。伝説の最終章は「歴史的3強決戦」。そんな素晴らしいフィナーレを飾れる馬は、おそらく二度と出現しないだろうから。
「いいお母さんになれるかなぁ」と馬房で目を細めた根岸助手。そう、地の果てまでも--。無限の可能性は生まれ来る子供たちに託そう。
(美浦のアーモンドロス野郎・山村隆司)
東京スポーツ