今週末、第89回
日本ダービーが開催される。19年に生産された7522頭の頂点を決める一戦。現場にいた昨年まで取材させてもらったが、この時期のトレセンには毎年、独特の雰囲気が漂っていた。勝って涙する関係者が最も多いレースで、ホースマンの誰もが憧れる大一番だ。
そんな檜舞台に初挑戦する一人のトレーナーがいる。
橋口慎介調教師(47)=栗東=だ。開業7年目の指揮官は、
トライアルの
プリンシパルSを制した
セイウンハーデスとともに
ビッグタイトルを狙う。
師の父である弘次郎元調教師は、ダービー制覇に並々ならぬ情熱を傾けていた。
ダンスインザダーク、
ハーツクライ、
リーチザクラウン、
ローズキングダムと2着が4回。14年に20頭目の挑戦となった
ワンアンドオンリーで悲願の初制覇を飾った。そんな先代は16年2月で定年し、解散した父の厩舎から多くのスタッフや馬を引き継ぐ形で開業したのは翌3月。先代とは異なるアプローチで、歩みを進めてきた。
「父の頃は昔ながらと言いますか、それぞれが自分の担当馬しか触らない形でした。今も一頭一頭に担当者はいるんですが、分業制を取り入れて、全員が人の担当馬も自分の担当馬のように見る形に変えました。(レースで得られる)進上金の配分もみんなで分ける方を多くしました」
先代から親子2代で橋口厩舎を取材させてもらった印象で言うと、父の時代は一流の職人の集まりという感じだったが、今はそこに「チーム」という意識が加わっている。各馬の馬房前の
ホワイトボードには、必要情報が記してあり、スタッフ同士が意識を共有。一丸となって勝利を目指して取り組んでいる。
「それぞれの馬にいろいろな人の目が行き届いた方が、異変や故障の早期発見につながりますからね」
栗東坂路主体だった父の調整法とは異なり、しっかりと負荷をかけたいときはコースで長めから追い切る。心拍数を計測するなど、データを活用し、日々の調教メニューづくりにも役立てている。開業直後はやり方の変化に戸惑いもあったはずだが、そこはさすが仕事人の集団。今は指揮官の意識が浸透し、昨年は開業以来最多の年間28勝(JRA27勝、地方1勝)と着実に結果に結びついている。
勝利へと向かう方法こそ父とは異なるが、目指す頂は同じだ。ダービー制覇-。そこには父の背中から感じた執念はもちろんだが、トレーナーとして最後に見せてくれた姿が大きく影響している。
「父が調教師最後の日、競馬場から一緒に車で帰ったんですが、スッキリした表情で、“なんの悔いもない”、“やり切った”と言っていたんです。幸せな調教師人生だったと思いますね。うらやましかったです。僕もこうなりたいと思いましたし、やっぱりダービーを勝ちたいですね」
父は82年に開業し、ダービー初挑戦は90年の
ツルマルミマタオー(4着)。そこから初制覇まで四半世紀近くの時を要した。その重みや勝つことの難しさをそばで見て、肌で感じてきたからこそ、思いはより強くなる。伸び盛りの
セイウンハーデスとともに、開業7年目で初めて迎える競馬の祭典。橋口家親子2代の夢の新たなステージがついに幕をあける。(デイリースポーツ・大西修平)
提供:デイリースポーツ