2020年のセプテンバーセールで競り落とした
キズナ産駒の牝馬にホレ込んだオーナーが、写真をご家族に送られました。そこで交わされた「すごく美人な子だね」という会話から、彼女の名前は“ビジン”となったそうです。
菅藤宗一オーナーが21年に亡くなられた後、ビジンは息子さんである菅藤孝雄オーナーの名義に。そして翌22年2月、彼女は3歳未勝利戦(中京ダート1800メートル)で初勝利を挙げました。さらに同年6月にはオーナーの地元である函館で1勝クラス→2勝クラス・渡島特別(ともにダ1700メートル)を連勝。ずっとご家族で大切にされてきた馬だけに、その喜びはひとしおだったそうです。
私はこのお話を宗一オーナーのお孫さん、つまりビジンの現オーナー・孝雄さんの息子さんからお聞きしました。その方…菅藤佑也さんは函館から競馬の道を志して現在、木原厩舎で持ち乗りの助手をされています。
「僕にとっては“家族の馬”なので、勝てばすごくうれしいですね。親父も昔からすごく期待していた馬だけど、まさかここまでくるなんて。ヒデ先生(武英調教師)の采配は素晴らしいですよ」
菅藤助手が言う“ヒデ先生の采配”については武英厩舎でビジンを担当している小森助手もおっしゃっていました。
ダートの中距離で3勝を挙げた彼女ですが、3勝クラスとなると、見た目からしても猛者のような迫力ある牡馬らと戦っていかなくてはなりません。層が厚いダート界。「なかなか厳しい」と感じていたところ、武英調教師が「芝の長いところを使ってみましょう」と提案されたのだそうです。そして前走の
サンシャインSでビジンは見事、3勝クラスを勝ち上がります。中山の2500メートルを積極的に番手で追走。自身も苦しかったであろう展開の中、最後まで歯を食いしばって先頭を死守したレースぶりを小森助手はこう振り返ってくれました。
「道悪を苦にしない子なので馬場も味方してくれたとは思いますけどね。根性を出して本当によく頑張ってくれました。苦しい展開でも簡単には止まりませんね」
前述の函館1勝クラスを勝利した時に少し話題になったのでご存じの方もいるかもしれませんが、その日のビジンは1コーナーあたりで砂を嫌がって激しく頭を振り、一度は制御不能のロデオ状態に。それでも勝ったくらいの勝負根性、そして我の強さをもともと持っていた馬なんですよね。
若いころはかなりのやんちゃ娘で小森助手も「けっこう苦労した」と笑っておられましたが、今はそれがいいほうに向き、レースに行ってのしぶとさにつながっている印象です。
そんな彼女も4歳を迎えて落ち着きも出てきたそうで、「やんちゃ娘から大人の女性らしさを持ち合わせた本物の美人に成長してくれた感じですね」と小森助手は目を細めます。菅藤家の愛娘は“ホームステイ先”でもとても愛されているんですね。
そんな大人になったビジンが今回挑戦するのは、毎年荒れに荒れることでも有名な牝馬限定のハンデ戦・GIII
マーメイドS(18日=阪神芝内2000メートル)。距離が少し短い? いえいえ、
マーメイドの名の通り梅雨時期に開催されるこの時期を狙っての出走なのです。
「たとえ週末に雨が降らなかったとしても、その週はまたお天気が崩れそうな予報。3勝クラスを勝ったばかりでハンデは軽いし、少しでも馬場が悪くなるなら苦にしない分、強みにもなりますからね。折り合って自分の競馬ができれば、負けん気を発揮してくれると思います」
最後に小森助手は「名前の通り、すごく別嬪(べっぴん)なんですよ」とニッコリ。このセリフ、冒頭の取材で菅藤助手も同じことをおっしゃっていました。
競走馬の名前は我が子のように思うオーナーにとって、愛情の形でもあると私は思っています。その名前の意味をいつもビジンの傍にいる方々も大切にされているんだなと思うと、レースで彼女の名前を呼んで応援する声にも熱が入りそう。ファンの皆さまも、大いなる愛情をもって、ビジンの名前を目一杯叫んでいただけたらと思います。
(栗東の別嬪女子・赤城真理子)
東京スポーツ