天皇賞・秋といえば、これである。08年、
ウオッカと
ダイワスカーレット、2センチ差の大接戦。記者が検量室前、取材可能なギリギリ最前線で見届けた“あの時、何が起きていたか”を再現したい。
素晴らしいレースだった。1番人気は
ウオッカ。前年のダービーで64年ぶり、史上3頭目の牝馬によるVという偉業を成し遂げ、この年の春には
安田記念を制していた。
2番人気は
ダイワスカーレット。
ウオッカの同期。
桜花賞、
秋華賞で
ウオッカを下し、
ウオッカ不在の
エリザベス女王杯を楽勝。この年の春は
大阪杯(当時G2)で同世代の
菊花賞馬
アサクサキングスを軽々と3着に退けていた。
ここまで
ウオッカと
ダイワスカーレットの直接対決は
ダイワスカーレットの3勝1敗。レースは、その
ダイワスカーレットの逃げで始まった。
1000メートル通過は58秒7。
ダイワスカーレットにとっては全くのマイペース。
ウオッカは7番手の外。直線では外を伸び伸びと走らせようと
武豊騎手は考えていた。
直線を向く。インのラチ沿いで粘る
ダイワスカーレット。外から
ウオッカと
ディープスカイが並んで追い込んだ。インの2頭目からは
カンパニー。外から
エアシェイディ。しかし、最後はこの2頭だった。
ダイワスカーレットに
ウオッカが追いついたところがゴールだった。
12万観衆は「どっちだ」「分からない」。
武豊騎手は自分が勝ったと思ったそうだが、確信が持てず、ウイニングランをせずに引き揚げた。
検量室前に戻った時、
武豊騎手は殴られたような衝撃を受けた。暫定の着順が記される検量室内の
ホワイトボードに、
ダイワスカーレット1着を示す「7」の文字が書かれていたからだ。「嘘だろ」。首をひねりながら2着の枠場に入る。「勝ったと思ったが…」。何度も首をひねって検量室へと入った。
ダイワスカーレット陣営は
ホワイトボードの数字を見て、“残っている”ことを確信した。喜び爆発の松田国英師。だが、安藤勝己騎手は確信が持てず、周囲に合わせるように笑みを浮かべるだけだった。「負けているな、と思った。みんなが1着の枠場で待っているから“えっ”と思ったくらい」
そこからの写真判定が長かった。椅子にどっかと腰掛けた安藤騎手。「どうですかね?」と聞くと「分かんないなー」と柔和な笑みを見せた。
武豊騎手は記者から遠く離れたところで、揺れる心中を表すかのように落ち着きなく歩き回っていた。
写真判定は13分。運命の3時56分。決勝審判が
ホワイトボードの数字をいったん、全て消した。1着欄に改めて書いた数字は「14」。検量室内に「うおー」という声が上がった。興奮気味に手を叩く
武豊騎手。「やっぱり負けてたね」。安藤騎手は苦笑いを浮かべて記者たちの前から奥へと引き揚げた。
決勝審判が
ホワイトボードに書いた数字が訂正されることなど、これまでなかった。いわば、検量室内では“世紀の大逆転”が起こっていたのだ。
ウオッカを管理する角居勝彦師はこう言った。「写真判定の間は負けを覚悟していた。勝っていると分かって“信じられない、それでいいのか?”と思った」。それだけ、めったにないことが起きたのだ。
判定写真を見た。2頭は全く並んでいる。
JRAによれば、差はわずか2センチ。それでも第1感で勝敗が分かっていた
武豊、安藤両騎手。超一流の凄みを肌で感じながら、
ウオッカの優勝原稿を書いた。
スポニチ