アドマイヤハダルは、もともと右側に少し
バランスが傾いていたそうです。それは大げさなことではなく、人間でいえば“生粋の右利き”みたいなもの。とにかく右手前のほうが走りやすかったのです。
「当初は
バランスを矯正してあげられないかと思ってやっていたのですが、ハダルと関わっていくうちに、これは生まれつきのもので、彼の個性の一つなんだと分かってきて。それからは矯正ではなく、馬術の技術を応用して角馬場やフラットワークで人間が
バランスを補助しながら乗ることを積み重ねてきた感じですね」
アドマイヤハダルとの日々を振り返り、こう教えてくださったのは大久保調教師。いくら右手前が走りやすいとはいえ、左側も使えるようにならないと、レースに行ってしんどくなるのは馬自身。自分だけではなかなか左手前で走りづらかったハダルですが、まずは角馬場などで左手前で走ることをゆっくりと教え、その時に崩れる
バランスは乗っている人間が馬術の技術で支えてあげる。その繰り返しをすることで、持って生まれた体の
バランスや利き手は矯正できなくても、左手前でも走れることを時間をかけて教えてこられたんだそう。きっと自転車でいえば補助輪のような役割を、乗り手がしてあげていたんですね。
「もう一つ、気を付けてきたことがあって。調教でカーブを曲がる際、乗り手が必ず“内方姿勢”を取ってあげることです。ハダルのような子は特に人間が正しい内方姿勢を取ってあげると苦手な手前でもコーナーを回りやすい。ゆったりしたスピードで“この姿勢で回るんだよ”と教えてあげれば、ハダルは賢いので競馬のスピードになっても、それを思い出してくれるんです」
内方姿勢とは乗馬のテクニックで、簡単にいえば馬がカーブを曲がる際に馬体を輪線上に合わせて重心を内方に移し、遠心力に対応した回転運動の姿勢を取ってあげること。まさに人馬一体。
アドマイヤハダルは左手前でコーナーを回るのが苦手だったそうですが、今では難なく回ってこられるようになりました。
以前は左回りを走った後、左側に疲れが出やすかった
アドマイヤハダル。それが厩舎の創意工夫、そしてハダル自身がそれについてきてくれたことにより、今では左回りも怖くありません。その証拠に「まだ休み明け感がある」段階の
毎日王冠でも後方から鋭い伸びを見せて0秒1差4着に善戦しました。
「こちらが期待していた以上の走りだった。休み明けの状態としては激走ともいえるレースだったのでダメージを心配しましたが、使ってむしろ良くなっています。手先の軽さがレース前と後じゃ全然違いますね」
だからこそ、猛者が集った
天皇賞(秋)(29日=東京芝2000メートル)へ自信を持って送り出せるんだと思います。
厩舎で見せていただいた
アドマイヤハダルは、以前のスリムなイメージと違い、しっかりと実が詰まった体つきに。胸前の筋肉が素晴らしく、さらに毛ヅヤも
ピカピカ。「どこに出しても恥ずかしくないグッドルッキングホースだと思います」との言葉通り、世界一の馬が出てくる今回のパドックでも決して見劣りはしないはずです。
「ハダルは人間のことをすごく信用してくれているんです。だから普段の
ゴーサインなんか余計な扶助はいらなくて、“行くよ”って声をかけるだけでいい。本当にいい馬になってきましたよ」
アドマイヤハダルがそういう性格になったのは、ただ走るだけではしんどくなることもあった体の
バランスを、言葉は通じなくても厩舎が理解し、楽に走れるようにしてくれたから…というのもあるのでは。
競馬の結果だけではなく、こういう中身が“厩舎力”と言えるのではないかと感じますし、大舞台で
アドマイヤハダルがそれを目に見える形として発揮してくれたなら…。まだ底を見せていない彼本来の走りが、もしかすると世界一、日本一の称号を取った馬たちを脅かすことにもなるのではないかと思っています。
(栗東の内方姿勢女子・赤城真理子)
東京スポーツ