95年は日本の競馬界にとって革命的な年だった。「交流元年」と呼ばれ、地方所属馬が指定された中央のレースで優先出走権を獲得した場合、中央に移籍することなく、GIに出走可能となったのだ。そんな年に彗星のごとく現れた地方馬が
ライデンリーダー。衝撃の中央初戦、
フィリーズレビューの前身となる報知杯4歳牝馬特別を振り返る。
ライデンリーダーは
父ワカオライデン、
母ヒカリリーダー、母の
父ネプテューヌスの血統。笠松・荒川友司厩舎に所属し、安藤勝己騎手が主戦を務めた。2歳時は無傷の9連勝。3歳初戦となったうぐいす特別でも初対戦の古馬を相手に7馬身差の圧勝を収めると、陣営は
桜花賞トライアルの報知杯4歳牝馬特別への参戦を決めた。
3着以内なら
桜花賞の優先出走権獲得となる注目の一戦、
ライデンリーダーは2番人気だった。スタートは五分。しかし、初めての芝に戸惑ったのか、押っ付けながらの追走となる。そのまま4コーナーへ。さすがに苦しいか…。しかし、ここから本領を発揮する。直線に向いて外に持ち出されると一気に加速。グングンと前との差を詰めると、残り100mで1番人気の
エイユーギャルをかわして先頭へ。そこからさらに突き放し、3馬身半差の圧勝を収めたのだった。
続く
桜花賞では1番人気に推されたものの、初黒星となる4着に敗退。結果的にこれが最初で最後の中央での勝利となったが、あの日の衝撃はいつまでも語り継がれていくに違いない。