小久保智調教師。昨年は南関東競馬において、前人未踏の2000勝。そして、年間160勝で自身が持つ年間最多勝記録をも更新。19年に浦和で行われた初のJBCでは、南関東の主流舞台である1400m戦の「
JBCスプリント」をブルドックボスで優勝。「NAR、南関東の予想をするなら、まずはこの方から学ばなければ始まらない」とインタビューを切望したのは血統評論家の亀谷敬正氏。
小久保智調教師に“勝つ秘訣”、“これからの小久保厩舎”について語り合ってもらった。
亀谷:年間勝利数は160勝もすごい数字なのですが、2位に56勝差っていうのが驚き。これって
JRAだとリーディングと最下位の差以上ですよ(笑)。「小久保厩舎はなぜこれほどまでに勝つのか?」を読者のために紐解いていこうと思います。
小久保:いえいえ、特別なことはないですよ(笑)
亀谷:先生はそうおっしゃると思って2つの仮説を用意しました。
1.NARで経験を積むほどに強くなっていく馬作り
2.NAR向きの馬の選定。相馬眼。血統論
小久保厩舎の管理馬はキャリアを重ねながら、NAR向きの力と適応力を積み重ねて重賞を勝っている気がします。実際、
JRAではパッとしなかった(5戦1勝)
ノブワイルドはデビューから4年かけて重賞を勝ち(
テレ玉杯オーバルスプリント連覇)ました。
小久保:
ノブワイルドは2歳時に骨折して半年休養。うちに来てからも2度の骨折をするなど、体質の弱い時期が長い馬でした。遅咲きになるのは必然でしたね。
亀谷:体質の弱い時期のケアはどうされていたのですか?
小久保:下級条件のレースでも現状の力をフルで使わないこと。勝ててもその先に2カ月以上の休養が必要になってしまうので、逆に出世が遅れる場合があるんです。ちゃんと馬に接していればボディコンディションに出てくるので、その
サインを見逃さないことを心掛けています。
亀谷:小久保厩舎の馬を育成する牧場の人とも話す機会があるのですが、「小久保厩舎の馬は元気がある、いい意味で力をため込んでいる気がする」と聞いたことがあります。
小久保:そこはこだわりですね。体質が強くなってから強い負荷で鍛えていけば、オープンでも勝てる才能の馬だとしても焦らない。段階を踏んで、現状で出せる力の中で強くしていくようには心がけています。
亀谷:浦和で行われた
JBCスプリントを勝った
ブルドッグボス。最近では
エンテレケイア、
ヒーローコールも高齢になっても長く活躍しています。ただ“体質を強化して競馬も覚えていけば3年後には重賞でも勝てる才能”をイメージ出来たとしても、簡単には出来ない気もするのですが、いかがでしょうか?
小久保:信じていくしかないですね。ちゃんと思った通りのことができれば、きっとこの答えに行くだろうなと。
亀谷:キャリアを重ねて強くしていく調教というのは、具体的にどういうことを心掛けているんでしょうか?
小久保:ハッキング(軽めのキャンター)を大事にしています。ゆっくり走らせて、一歩ごと一呼吸ごとに心臓と肉体に負荷をかけさせる。そして馬が心身ともに疲れない状態で手前を替えられるように教えていきます。それからは「外厩の坂路で鍛える→野田で最終調整→レースに出て競馬を覚える」この繰り返しですね。
亀谷:そのハッキングのノウハウみたいなものは、どうやって作り上げていったのでしょうか?
小久保:野平祐二先生、
藤沢和雄先生の本は、参考になりました。具体的なことは書かれていないんだけど「こういうことかな?」みたいなヒントは得られましたし、北海道の
田中淳司先生、 名古屋の
角田輝也調教師、高知の
田中守調教師などの管理馬を自分なりに見て学ぶべき点はありました。もちろん他の調教師の先生の管理馬からも学ぶことは多いです。
亀谷:小久保先生が読書家というのは、意外な一面ですね(笑)。
小久保:普段から結構本は読みますよ。そして自分が厩務員だったころ、自分の担当馬を、他の人が乗っていない時間に、二、三十分かけてハッキングを試してみたんです。それを色々やっていくと、馬の息遣いとか、動きが変わってくるんですよ。そういう積み重ねですね。
亀谷:追い切りの調教タイムだけではなく、日々の乗り運動の積み重ねが大事なのですね。それから小久保厩舎の管理馬はコーナーでアドバンテージを取り、スピードをゴール前まで持続する
パワーにも優れた馬が多いです。
小久保:そこは外厩の坂路効果も大きいです。
亀谷:以前はテンコートレーニングセンター。今は那須の
アスコットファームが小久保厩舎の外厩として主に使われていますよね。
アスコットファームは小久保先生の意見が反映されて坂路も作られました。
小久保:あんまり大きな声で言いたくないんだけど、昨年最多勝の記録が作れたのも効果が出ているんだと思います。ただ
アスコットファームはできましたけど、これからより強いものをどうやって作っていくかは今後の課題ですね。
亀谷:読者に
アスコットファームを使うメリットを教えていただけますか?
小久保:坂路調教の利点はミス
ステップが少ないんです。だからミス
ステップを気にせず正しいフォームで思いっきり走るから調教メニューが組みやすい。
亀谷:たとえば、
ロックバンドTUBEの前田亘輝オーナーが所有している
ノブワイルドもそうですが、小久保先生の管理馬には後続を突き放す逃げをする馬も多いですよね。それも調教によって生み出されるものなのでしょうか?
小久保:先行する競馬に向いている仔だなと判断すれば、テンから飛ばしていく調教を教えていきます。
亀谷:馬の個性を見極めた調整ですね。現状でも凄いと思うんですが、先生からは「より上のステージ」を目指していることがヒシヒシと伝わってきます。先ほど“課題”と話されましたが、具体的には今後どのようなビジョンを描かれているのでしょうか?
小久保:今のルールだと
アスコットファームで調整した後は、
浦和競馬場の調教施設である野田トレセンに10日前までには入らないとレースに出走できません。しかし
アスコットファームもNARの認定施設にしてもらえれば、直前まで
アスコットファームで調教してレースに出すことができます。それができるようになれば調教のバリエーションは増えるのに…と考えていますので、そうなるよう努力していきたいなと思っています。
亀谷:直前調教のバリエーションが不足している状況だと、結果に影響が出そうですね。
小久保:浦和の馬は、みんな野田で最終調整をしないといけないのは大きな不利です。それでも浦和の重賞で
JRAの馬を相手に勝ててもいるんだけど、直前も
アスコットファームで追い切りが出来れば、もっと高いステージで送り出すことができると思っています。
亀谷:
アスコットファームもNARの認定外厩施設になれば、少なくとも浦和のビッグレースは浦和の馬がもっと高いパフォーマンスを発揮することもできるし、
JRA、そして海外でも高いパフォーマンスが発揮できるんじゃないかとボクも期待しています!
(文中敬称略)