日本ダービーの実況を16年間担当した長岡一也が競馬と人生観を語る
長岡一也
歓声につつまれていると、それが自分のことではないのに妙に安心する。みんな一緒だと。人との繋がり、絆を深め信じ合える人間関係の中にあれば、誰だって豊かでいられるのだが、世の中、なかな...
そうとは考えてもいなかったのに、言い出しても無駄と思いそのまま聞いてしまったということ、たまにある。そして、ついにはその場にいたということで、証人のようにされて、いよいよ本当のこと...
つれづれなるままにと述べると、所在なく一人淋しく映るが、徒然草では、つれづれこそよしと記されている。生を楽しみ、心を穏やかにいるには、ただ一人、純粋に自分の心だけであるがままなのが...
心は物に触れて起こる。或いは、心は心に触れて起こるものだから、何に触れるかの意味は深い。競馬で言えば、勝負は現実だからその通りなのだが、レースから物語を感じ取れるかどうかにかかって...
ここで突然、こんなことを。昭和33年の第3回有馬記念、その現場に私はいた。レースに勝って地下馬道に戻ってきたその馬体は、全身、湯気を立てて目の前を通り過ぎていった。鞍を下ろした引き...
私たちには無数の欲望がある。とても煩悩を離脱して悟りを得ることは不可能だ。自分であって自分でないことばかり。こんな状況だから、この心だって自分の思い通りに動いているとは言い難い。あ...
桧舞台。この言葉の響きがたまらない。颯爽たる居住まい、これを連想する。自分にとっての桧舞台、かつてそこに立ったことがあっただろうか。居住まいは正すものだから、こころの問題と据えても...
勝負事は身を滅ぼす基じゃから、真似でもしてはならんぞと、これが父の口癖だったと菊池寛は、小説「勝負事」で登場人物に言わせている。少なくとも、自分の子供の頃にも、こうした言葉はよく聞...
世の中のすべてのものは、常に変化し、一時もとどまることはない。明日に何が起こるか分からないし、厳密に言ったら、この次の瞬間だってどうなるのか、確たる保証は何もない。これが世の中とい...
どういうときに何かをやろうとするだろうか。それは、ひとりひとりの心に関することなのだが、例えばここに楽器があったとする。多くは音を立てて奏でようと思うだろう。また、パソコンが目の前...
いつも優しい顔をしていたい、時々そう願っている自分がいる。また、誰しも険しい顔つきではいたくないと願っているに違いないとも思っている。なるべく穏やかにいたいからだ。ところが、勝ち負...
どんな時代になろうとも、人間関係の基本は変わらない。だから、昔から言われてきた言葉も生きているし、これからも生き続けていく。そして、こうした言葉たちは国境を越えた普遍性を持っていて...
淡泊に大ざっぱな性格だと、物事に心を動かすことが少ない。なるべく穏やかでいたいと思うから、自分の身をよくいたわる。人に面倒をかけない。これを年老いたと言うものがいる。一方、血気が盛...
こんな風に考えてみた。人の器の大きい小さいについてはよく言われるが、果たしてどういう所で見るのだろうと。どんな状況にあろうとも、まごつかず、てきぱきとして物の分かるらしい人、つまり...
ちょっとした事でも心おきなく語り合える友がいたら、どれほど嬉しいか。だが、自分と同じ心を持つ者はそんなにはいない。だから、互いを気遣う心が生まれてくる、と言うよりも、そうしなければ...
変遷してゆくのが人の世。楽しみ悲しみが交互にやってきて、少しずつ変化していくのだが、その瞬間、瞬間、気づくことはほとんどない。だが、何かの折、ふと襲ってくる寂寥感。時が移りゆく様を...
人間追いつめられると、なんとかしなければという強い思いに駆られる。それが体にも心にも重い負担となり、その緊張状態がさらに自分を追いつめていく。心の有り様の問題がここにある。これは競...
今日ある自分の原点、そもそもについて考えても、なかなか明確な回答は得られない。それだけ、何となく生きてきてこうなっているということなのだが、これが別の人間とのかかわりとなると、はっ...
何事にも軽々しくは動かされない、いつもそういう有り様を見せ続ける人物でありたい。競馬場の中でのダンディズム、それを考えるとしたら、こんな風になるのではないかと思う。世の中の種々の俗...
人生は無事な方がよく、たとえ好事であっても、あれば煩わしいからない方がいいと言って、好事も無きに如かずという言葉が伝えられている。だからと言って、好事が本当に無くていいとは思いにく...
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