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米国馬場議論

  • 2010年12月21日(火) 00時00分
 脚元に優しく故障が少ないという触れ込みで急速に普及したオールウェザートラックが、実際の統計上でもダートトラックに比べて事故が少ないことが、研究機関による調査によって明らかになった。

 米国ジョッキークラブの依頼を受けた、英国グラスゴー大学のティム・パーキン獣医を中心とする「エクワイン・インジュリー・データベース」チームが、2008年11月1日から2010年10月31日まで、丸2年にわたるサラブレッド平地競走をサンプルに調査を実施。この間に出走した延べ75万4932頭の出走馬を対象に分析を行った結果、安楽死処分に至る大怪我を負った馬は、オールウェザートラックでは1000頭に対して1.55頭だったのに対し、ダートトラックでは1000頭に対して2.14頭であったことが判明。オールウェザーに比べてダートの方が4割近く大事故発生率が高いことが明らかになった。

 米国ジョッキークラブの統計によると、2009年の北米における総レース数は4万9368で、1競走あたりの平均出走頭数は8頭強だから、今回の調査は対象期間となった2年間にアメリカで行なわれたほぼ全ての平地競走を対象としたものであることが判る。

 ということはつまり、芝トラックでのレースも調査対象になっており、芝トラックにおける予後不良事故発生率は、1000頭に対して1.74頭であったことが判明。3つの路面すべて合わせた発生率は、1000頭に対して2.00頭という数字が出ている。すなわち、オールウェザートラックは3つの路面の中で、最も大事故発生率が低いとの結果が出たわけである。

 バイオメカニクス的考察によって既に、オールウェザートラックを走る馬はダートを走る馬より、地面から足へ伝わる圧力が軽減されるとの検証結果が出ているが、実地でもこれが証明され、オールウェザートラックの安全性が確認されたことに対し、業界からは歓迎と安堵の声が聞こえる。関係者の一部からは、脚元に優しく、故障の発生は少ないものの、ひとたび怪我をした場合には症状が重く、大事故に繋がることが多い、という、オールウェザートラックに対する反応も聞こえていただけに、ひどい骨折などの大事故発生率も少ないことが実証されたことは、少なからぬ意義がありそうだ。

 今回の調査は更に、予後不良事故発生率を競走馬の年齢別にも分析している。

 発生率が最も低いのは2歳世代で、1000頭中1.51頭。3歳が1.81頭、4歳は2.12頭、5歳が2.45頭と、加齢するに従って高くなるのだが、6歳世代になると1.93頭に減少し、7歳以上という括りにすると1.75頭と、2歳世代に次ぐ低い発生率となっている。

 高齢になると大事故を起こしやすい、というわけではないのである。

 また、レースの距離や背負っている斤量も、大事故発生率には影響を与えていないことも、あわせて実証された。

 2008年のケンタッキーダービーに出走し、2着に健闘した牝馬エイトベルズが、入線後に大けがを負って安楽死となった事件をきっかけにスタートした「エクワイン・インジュリー・データベース」チームだが、まずは初期段階における一定の成果を収めたと言えそうだ。

 既に御承知のように、アメリカではカリフォルニアのサンタアニタ競馬場が、メイントラックをオールウェザーからダートに戻して、12月末からの冬春開催を行うことが決まっている。いわば、ダート推進派が勢いづいているさなかに発表された今回の分析結果は、北米のオールウェザートラック推進派にとって、心強い統計と言えよう。

 もっとも、案の定というべきか、一方のダートトラック推進派からは、今回の調査に異論を挟む声も聞こえている。

 まず、安楽死につながらなくとも、長期休養を余儀なくされるような腱や筋肉の炎症は、今回の調査対象からは除外されている。

 更に今回の調査期間中、オールウェザートラックを使った競馬を行っていたのは、ケンタッキーのキーンランドとターフウェイパーク、ペンシルヴァニアにプレスクアイルダウンズ、カナダのウッドバイン、イリノイのアーリントンパーク、カリフォルニアのデルマー、ゴールデンゲートフィールズ、ハリウッドパーク、サンタアニタの9場だった。ひと目でおわかりのように、北米ではメジャーと言われる競馬場がほとんどで、走っている馬のレベルも高い。一方で、調査の対象となったダートトラックの中には、マイナーで賞金の安い地域の競馬場も多く含まれており、そういう場所で走っている下級条件馬には、故障の遠因となるような欠陥を馬体に持つ馬も少なくない。事故発生率も自ずと高くなる地域と、そうでない地域の統計を同じ俎上に乗せるのはいかがなものか、と、ダートトラック擁護派は反論しているのである。

 ダートかオールウェザーかという議論は、まだまだ続きそうである。

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1959年(昭和34年)東京に生まれ。父親が競馬ファンで、週末の午後は必ず茶の間のテレビが競馬中継を映す家庭で育つ。1982年(昭和57年)大学を卒業しテレビ東京に入社。営業局勤務を経てスポーツ局に異動し競馬中継の製作に携わり、1988年(昭和63年)テレビ東京を退社。その後イギリスにて海外競馬に学ぶ日々を過ごし、同年、日本国外の競馬関連業務を行う有限会社「リージェント」を設立。同時期にテレビ・新聞などで解説を始め現在に至る。

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