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笹田和秀調教師インタビュー後編

  • 2011年06月16日(木) 12時00分
「ギャルちゃん」と呼ばれ、助手時代の笹田調教師に愛情いっぱいに育てられたエアグルーヴ。今の「強い牝馬」の先駆けともいえる彼女は、さすが名馬という逸話を残していました。

◆彼女なら耐えられると

:エアグルーヴは入厩当初からご担当されていたということで、最初はガラスのような馬という印象だったそうですが、やっぱり能力の高さも感じたという。

笹田 :そうです。牡馬牝馬を合わせても、今まで調教に乗った馬で一番強いなと感じました。

:その通りの結果も残してくれましたよね。オークスを勝ち、古馬になってからは天皇賞・秋でバブルガムフェローに競り勝ったり…。まさに最強牝馬です。でも、その一方で骨折に苦しんだ時期もあったと。

笹田 :オークスまでに脚の2箇所を剥離骨折しましたね。でも、手術も何もしない。やったのは電気をあてる治療くらいでしたが、それでも我慢してくれた馬なんです。

:精神力がとても強い仔だったんですね。

笹田 :はい。一番印象に残っているのは、2戦目の新馬戦に向けて追い切りをした翌日に、蹄鉄を打ちかえていたら、馬がピュッと蹴って、釘の先で反対の脚の血管をブチっと切ってしまったんです。縫わないといけないくらいの状態だったんですが、どうしてもその週の競馬を使って勝たせたくて。それで獣医さんに、「麻酔はなしで縫って下さい」とお願いしたんです。

:えっ、でも、痛いですよね……。

笹田 :ええ。獣医さんは「暴れたら麻酔をかけますよ」と。でも僕は、エアグルーヴはそれに耐えてくれると信じて、お願いしたんです。そうしたら案の定、麻酔なしで2針縫いました。

:そんなことがあったんですか。しかもその新馬戦、勝ったんですよね。

笹田 :そうです。5馬身離して勝ったんです。「ああ、やっぱりこの馬は信じられる馬だな」って。それからはもうずっと、さっき言ったようにペロペロなめ合いながら、仲良くしました(笑)。

:すごいお話ですね。エアグルーヴって、先生にとってどんな存在ですか?

笹田 :もう、嫁さん以上……というくらい、この馬がいる時は思いを入れていました。

:最上級ですね。

笹田 :それはそうですよ。でも、「思い」はですよ。扱いではやっぱり嫁さんを大事にしないと。ご飯も作ってもらえないですし(笑)。まあ、エアグルーヴには「女にはこうしなさい、こう接しなさい」って教えてもらいましたよね。

:それがエリンコートの活躍にもつながっているんですね。その2頭が同じオークスを勝ったというのが運命的ですが、2頭を見てきて重なるところはありますか?

笹田 :最後まで一生懸命走るのが共通点ですね。大きなレースを勝つ馬というのは、そういうしっかりした根性を持っているものです。

:そのエアグルーヴを管理されていた伊藤雄二先生の元で調教助手をされてきて、たくさんのことを学ばれたと思うんですが、その中で特にというとどんなことになりますか?

笹田 :教わったことで思い出深いのは、もうほとんど全てですけど、自分がこのレースを獲らなきゃという時には、本当に納得のいく仕上げをしないと満足しない先生だったんですね。

:完璧に仕上げないと。

笹田 :うん。その辺は完璧主義でした。例えば、エアエミネムが札幌記念(01年)を走る週の水曜に、函館で追い切ったんです。でもその時計が、先生が考えていたより遅かったんですね。

:はい。

笹田 :僕は栗東に残っていたので、こっちの仕事が終わって、先生に「こっちは変わりないです」って連絡を入れたら、「お前、飛行機ですぐ来い」って。それで翌日の木曜に函館で追い切りました。そういう先生でしたね。だから、「この時にはこうしたらいい」という最後の詰め、料理で言えば最後の味付けですね、そこが勉強になっていると思います。

:最後のちょこっとの塩加減が。

笹田 :そうです。塩加減か、もしくは砂糖なのか(笑)。

:伊藤厩舎での経験を糧に、笹田先生も厩舎を開業されて、今年で3年目。1年目、2年目、3年目と、それぞれの年で計画されてきた目標というのはありましたか?

笹田 :1年目は、まだ馬も集まっていなかったですし、まずは人間を優先して育てていこうとしました。でも、アピールするには勝ち星も伸ばさなきゃいけないので、「10勝くらいはしないと」という目標も持っていました。

:その目標通りに10勝を挙げましたよね。

笹田 :そうです。で、2年目は「去年10勝したから、倍にペースアップしていこう」とスタッフにも言って。それで21勝して、この年も目標を達成できました。

:そして3年目の今年は、もう既にGIを獲りました。

笹田 :そうですね。重賞とGIで2つ勝てて。勝ち鞍を去年の倍にというのはなかなかできませんから、「去年よりは多く勝つ」ということと、「中身の濃い1年にしよう」ということを目標にしました。まあ、今のところはうまくきているかなと思います。

:そうですよね。最後に、この先獲りたいレースは何ですか?

笹田 :さっき言ったように、菊花賞を獲りたいですね。2番目はジャパンCです。やっぱり「牝馬の笹田」と言われないように。「どっちでも来い」というふうになりたいですね。

東奈緒美 1983年1月2日生まれ、三重県出身。タレントとして関西圏を中心にテレビやCMで活躍中。グリーンチャンネル「トレセンリポート」のレギュラーリポーターを務めたことで、競馬に興味を抱き、また多くの競馬関係者との交流を深めている。

赤見千尋 1978年2月2日生まれ、群馬県出身。98年10月に公営高崎競馬の騎手としてデビュー。以来、高崎競馬廃止の05年1月まで騎乗を続けた。通算成績は2033戦91勝。引退後は、グリーンチャンネル「トレセンTIME」の美浦リポーターを担当したほか、KBS京都「競馬展望プラス」MC、秋田書店「プレイコミック」で連載した「優駿の門・ASUMI」の原作を手掛けるなど幅広く活躍。

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