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田中剛調教師インタビュー前編

  • 2011年06月28日(火) 12時00分
東京ジャンプSをマジェスティバイオで勝利。騎手時代「障害の田中」として活躍された田中剛調教師が、厩舎初重賞のタイトルを障害レースで飾りました。縁深いオーナーの馬で勝てた喜びと、障害レースの奥深さに迫ります。

◆乗っているつもりに

赤見 :東京ジャンプS(11/6/11、東京障3300m)で厩舎初重賞、おめでとうございます。マジェスティバイオはまだ4歳ですけれども、障害に入って4戦目で重賞制覇。しかも、強い勝ち方でしたね。

田中 :強かったですね。本当に、良い素質があるなと思いました。

赤見 :開業の時に、先生の厩舎に移籍してきた馬ですよね。

田中 :そうです。騎手時代からお世話になっていた「バイオ」の門田孝三郎社長の馬で、オーガストバイオという馬で障害を勝たせてもらったりしたんです。その縁で、藤原英昭厩舎にいたこの馬を、開業のお祝いじゃないですけど、預からせていただきました。

赤見 :障害を使おうと思ったのはどうしてだったんですか?

田中 :血統を見ましたらオペラハウスですし、「先々おもしろそうだな」と思ったんですけど、それまで平地で走っていたので、まずはそのまま平地を使っていたんです。ただ、ゲートでスパッと出てくれないし、どこか良くないのかなと思って。少し障害練習をしてみて、それでまた平地に戻せばいいかなと思ったんですね。

赤見 :はい。

田中 :それで、障害練習のために牧場に出しましたら、すごく上手くて。社長に「障害が上手いんですけど、どちらを使いますか?」と聞きましたら、「障害で行ってください」と。

赤見 :やっぱり素質があったんですね。使うごとにメキメキと勝ち上がっていって、4戦目で今回の東京ジャンプSを優勝。

田中 :そうですね。この時僕、ちょっと勘違いをしていまして。このレースはGIIIだったんですけど、競馬の日までGIIの大きい障害だと思っていたんです。

赤見 :競馬の日までですか?

田中 :はい(笑)。だから、「大きい障害を上手く飛んでくれればいいな」ということばっかり考えていたんです。でも、みんな返し馬で大きい障害を見せに行かないし、「何やっているのかな?」と思って…。そうしたら、終わってみたら小さい障害でした。

赤見 :でも、あのレースは、最終コーナーが本当にすごかったですよね。

田中 :そうですね。あそこで内が空きましたからね。最終障害の手前の、3、4コーナーの障害を飛ぶ前から勢いが違っていたので、「どこを突いて行くのかな」と思いながら見ていて。前の2頭がインを突いてきたら絶対に外に膨れるので「内で来ればいいな」と思っていたら、その通りに来てくれたんです。

赤見 :勝利を感じたポイントというのは?

田中 :その、最終障害を飛ぶ手前ですね。

赤見 :障害レースの勝負どころは、その辺りなるんですか?

田中 :その競馬にもよるんですけどね。例えば、最終障害を飛ぶ前に2頭のマッチレースになっていたら、上手く飛んだ方が勝ちなんですよね。そこで上手くスパーンと前に出て、そのままゴールまで入っちゃおうというふうに考えるんです。

赤見 :勢いに乗ってそのまま入った方が。

田中 :はい。逆に相手が前にいて他の馬と競っている場合で、自分の馬に余力があって射程圏内に入っていたら、「飛んでから交わそう」と、最終障害の前で判断しますね。

赤見 :なるほど。今回の場合は、最終障害の手前で、前にランヘランバとマサノブルースがいて、その内に進路を取りました。そこで「勝てるな」と。

田中 :そこで内に切りこんで行った時点で、「あとは最後の障害を普通に飛んでくれたら」と思いました。完歩も合っていましたし、勢いも違いましたので。あの勢いでスパッと飛んでくれたら、絶対に突き抜けると。

赤見 :最後は声が出ましたか?

田中 :そうですね。新聞を丸めて、女房と2人でテレビを叩いていました。何か、自分が乗っている気になってしまって。ステッキを入れるような感じで、自分が乗っているつもりになっていました(笑)。

赤見 :力が入りますね。重賞初勝利のお気持ちはいかがでしたか?

田中 :そうですね、勝てたことは本当にうれしかったですけど、自分が乗って勝ったのではないので、何かちょっと違う感じでした。

赤見 :騎手と調教師では違うんですね。

田中 :僕はただ、騎手が乗りやすいように馬を仕上げて、競馬に送り出してという感じで。現場にはいるんですけど、縁の下の力持ちみたいな感じなんです。だから、ひそかにうれしいという。ただ一番思うのは、馬主さんが僕にこの馬をプレゼントしてくださって、その馬が重賞を僕にプレゼントしてくれたので、本当に「ありがとう」ということですね。

赤見 :騎乗した柴田大知騎手は、逆に先生に「恩返しができたかな」っておっしゃっていました。この馬への思い入れは大きいし、先生が現役の頃に、障害馬を作って乗せてもらったことが何度もあったって。

田中 :ああ、そうですね。僕は現役の時に、すっごい怖い存在だったみたいなので、なかなかみんな寄って来なかったんですけど(笑)。

赤見 :そんなこと(笑)。でも、大知騎手のことを可愛がっていたそうですね。

田中 :そうですね。障害を乗り始めて「こう乗れ、ああ乗れ」って教えると、それを的確にやっていたんですよね。

赤見 :でも、「自分はすごく下手だった」っておっしゃっていましたよ。それでも、先生が自分でも勝てるように馬を作ってくださったって。だから「やっと、ほんの少しだけ恩返しができたかな」っておっしゃっていました。

田中 :そうですか。そう言ってもらえて、良かったです。

東奈緒美 1983年1月2日生まれ、三重県出身。タレントとして関西圏を中心にテレビやCMで活躍中。グリーンチャンネル「トレセンリポート」のレギュラーリポーターを務めたことで、競馬に興味を抱き、また多くの競馬関係者との交流を深めている。

赤見千尋 1978年2月2日生まれ、群馬県出身。98年10月に公営高崎競馬の騎手としてデビュー。以来、高崎競馬廃止の05年1月まで騎乗を続けた。通算成績は2033戦91勝。引退後は、グリーンチャンネル「トレセンTIME」の美浦リポーターを担当したほか、KBS京都「競馬展望プラス」MC、秋田書店「プレイコミック」で連載した「優駿の門・ASUMI」の原作を手掛けるなど幅広く活躍。

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