スマートフォン版へ

ムチの使用に関する新たなルールが導入

  • 2011年10月12日(水) 12時00分
競馬発祥の地イギリスで、騎手のムチの使用に関する新たなルールが導入された。

 統括団体のBHA(British Horseracing Authority=英国競馬統括機構)が、9月27日(火曜日)付けで発表したもので、骨子は以下の3点だ。

1.平地競馬で騎手が1レース中に馬を叩く回数を7回までとする。なおかつ、最後の1Fの間に叩く回数を5回までとする。
 
2.障害競馬で騎手が1レース中に馬を叩く回数を8回までとする。なおかつ、最終障害飛越後ゴールまでに叩く回数を5回までとする。

3.騎手がムチの使用に違反して3日以上の騎乗停止処分を受けた場合、そのレースで騎手が得る騎乗料や、賞金からの分配金を、没収するものとする。

 レース中に騎手がムチを使用する目的は、馬を速く走らせることだけではない。馬を真っ直ぐ走らせる、あるいは、馬の態勢を立て直すために用いることも多く、そういう目的で使う場合は、そうすることで危険を回避する意味が含まれているケースが多い。すなわち、500キロになんなんとする大動物が時速60キロを超える速度で疾走する中で、馬や騎手の安全を確保するためにも無くてはならないのが、ムチである。

 一方で競馬はいにしえの時代から、動物愛護という観点に立つ人々から、快く思われぬところがあった。ことに近年、辛辣な非難の的になっているのが「騎手が馬をムチで叩く」という行為で、レース中に馬が傷つく事故があるたびに、動物愛護の旗印のもとに声高に批判する声が聞こえていた。

 競馬サークルも、そうした声に耳を貸してこなかったわけではなく、英国だけでなく世界のかなりの競馬開催国でムチの使用を制限する動きがあり、実際にそれを施行規定の中に取り入れている国も少なくない。

 今回、BHAがムチの使用規定を見直すきっかけとなったのが、今年4月に行われた障害の名物レース・グランドナショナルだった。誠に残念なことながら、今年のグランドナショナルでは2頭がレース中の事故で死亡。しかも、例年に比べて異常に気温が高いという気象条件となった中、完走した馬たちも「青息吐息」で、馬たちが水を浴びたり酸素吸入を受けたり場面が、テレビを通じて全世界に流れたののである。これが、動物愛護団体にとっては格好の標的となった………「あれほど疲弊している馬たちを、競馬の騎乗者は叩くのだ」と。

 これを受け、グランドナショナルを主催するエイントリー競馬場は、来年以降のコース簡略化を決定。一方で、統括団体のBHAも直ちにムチ使用に関する規定の見直しに着手し、半年近くをかけて様々な分析を行った末、冒頭に記したような規定を設け、10月10日の開催から適用することを決めたのである。

 ちなみにこれまで英国では、ムチの使用回数に関して施行規定の中で明確化されていたわけではなく、Recommended number of hits which could amount to a breach (規則違反に値すると忠告されるべき使用回数)として、付則の中に示されていた。言うなれば、違反の目安となるガイドラインが定められていたのだ。これによると平地競走の場合、レース全体で16回、最後の2ハロンで13回、最後の1.5ハロンで11回、最後の1ハロンで9回を越えて使用すべきではない、と決められていた。

 これが今回の改定で、使用回数が更に厳しく制限され、なおかつ違反した騎手への金銭的罰則も設けられたのである。英国の競馬日刊紙レイシングポストは、今年のグランドナショナルでバラブリッグスに騎乗して優勝した後、ムチの過剰使用で5日間の騎乗停止処分を受けたジェイスン・マガイア騎手は、もしも新規定が当時施行されていたら、4万ポンドを失うことになると試算している。

 決定を受け、障害のトニー・マッコイ、平地のフランキー・デトーリという、それぞれのカテゴリーのトップジョッキーはいずれも、新規定へ賛同するコメントを発表した。

 だがその一方で、これが近い将来のムチの全面禁止に繋がることを危惧する声も上がっている。また、馬主や調教師のために必死に頑張った騎手が、騎乗料も貰えない破目に陥るのは、いささか酷ではないか、とする意見も聞こえている。 

 関係者は間では今、新規定の施行後、最初に行われるメジャーな開催となる、10月15日の第1回ブリティッシュ・チャンピオン・デイ(アスコット競馬場)で「何が起きるか」が、大きな注目を集めている。総額で300万ポンドという高額がかかった開催で、勝負どころに差しかかった騎手たちが、果たしてガイドライン通りの騎乗をするかどうか。新規定の有効性が試される場となりそうである。

▼ 合田直弘氏の最新情報は、合田直弘Official Blog『International Racegoers' Club』でも展開中です。是非、ご覧ください。

このコラムをお気に入り登録する

このコラムをお気に入り登録する

お気に入り登録済み

1959年(昭和34年)東京に生まれ。父親が競馬ファンで、週末の午後は必ず茶の間のテレビが競馬中継を映す家庭で育つ。1982年(昭和57年)大学を卒業しテレビ東京に入社。営業局勤務を経てスポーツ局に異動し競馬中継の製作に携わり、1988年(昭和63年)テレビ東京を退社。その後イギリスにて海外競馬に学ぶ日々を過ごし、同年、日本国外の競馬関連業務を行う有限会社「リージェント」を設立。同時期にテレビ・新聞などで解説を始め現在に至る。

バックナンバー

新着コラム

アクセスランキング

注目数ランキング