スマートフォン版へ

阪神大賞典

  • 2012年03月19日(月) 18時00分
 注目のオルフェーヴルの始動戦。衝撃のレースが展開された。最初、テンポイントになったのかと思った。そうではなかった。しばらくたって再び馬群を追走しはじめると、一旦はレースを止めるように速度を落とし、明らかに圏外に去っていたオルフェーヴルは、まるで他馬とはエンジンがちがっていた。レースを止めようとしてスピードを落とし、馬群から離れたロスはいったい何秒くらいあったのだろう。あんなレースを展開しながら、もうちょっとで勝つところだった。ゴール直後、勝ったギュスターヴクライの福永祐一が笑っていた。「まいったな…」、苦笑に見えた。

 オルフェーヴルは「逸走」したのだろうか? VTRをみて、パトロール映像をみて気がついた。オルフェーヴルは逸走などしていない。鞍上の指示に従い、走りたくて、走りたくてどうしようもなかったが、鞍上の指示を受け入れ、レースをやめようとしたのである。

 休み明け。明らかにテンションは上がっていた。スタート直後から首を振り、前に行こうとムキになっていた。折り合いを欠きはじめた。それから「逸走」とされる2周目の3コーナーまで2000m以上、鞍上から伝わってくる指示は「行くな、我慢してくれ」「我慢するんだ。スピードを落とせ」「行くな、我慢するんだ」「頼む、我慢してくれ…」の2000mだった。

 2周目の向う正面に入ったオルフェーヴルには、先頭のナムラクレセントから離れ、もっと外に回るように指示が出た。ナムラクレセントから離れて大きく外に回ったオルフェーヴルは先頭に立っていた。それでもまだ、「止めろ、我慢するんだ」「頼む、やめてくれ。我慢するんだ」の指示が、ただただ必死の手綱から連続していた。

 ようやく、やめるんだ、レースを止めるんだ、の指示を受け入れ、とても理解などできなかったが、ずっとコンビの池添謙一の指示にこれ以上逆らうわけにはいかない。納得したオルフェーヴルは馬群から離れ、ブレーキを踏んで速度を落とし、レースをやめようとしたのである。オルフェーヴルは少しも逸走などしていない。

 レース後、陣営(調教師、騎手)から、「馬がレースを止めようとした」「改めて力があることがわかったので、調教とレースで教え込んでいきたい」というトーンのコメントが出たという。悲しいほどの慢心である。教えを請うべきは、三冠を制し、有馬記念まで楽勝したオルフェーヴルから、まだ若い調教師と、あまりにも稚拙だった騎手と、わたしたち人間の方である。オルフェーヴルは再審査になったというが、いったいなにを再審査されるというのだろう。

 見方を変えて、制御不能になったオルフェーヴルが、生来の難しい気質や、とてもひと筋縄ではいかない荒い一面を露呈して、ああいうレースになってしまったとしよう。でも、そのくらいだから三冠馬になれたのである。有馬記念も勝って四冠馬になり、凱旋門賞さえ勝算ありと展望できる馬になったのである。伝え聞くシンザンは、なんと言われようが調教などハナから走る気がなかったという。近年では、池添謙一騎手のよく知っているスイープトウショウが、ひとたび自分の世界に入ってしまうと、決して動こうとしなかった。ベイヤード(ハイぺリオンの祖父)など、立ち止まったら決して人間の思うままには動かない馬や、そういう血を引く一族はいくらでもいる。シンボリルドルフは日本ダービーで、3コーナーの鞍上であせった岡部幸雄をさとした。なにをうろたえているんだ、落ち着け。

 再びレースに参加したオルフェーヴルは、信じがたいことに直線に向いてたちまち先頭に躍り出た。ゴール前100mくらい。さすがに苦しくなったか、オルフェーヴルは内側に斜行し、ヒルノダムールの前に入ってしまった。ヒルノダムール(藤田伸二騎手)は、急に前にオルフェーヴルが切れ込んできたから、立ち上がりかけて少し引いた。決定的な場面で、明らかに不利を受けている。しかし、もうあまり余力はなかったからなのだろう、ヒルノダムール陣営はそれを敗因にあげなかった。

 でも、わたしたちは、こういうゴール寸前の進路妨害をつい最近も、見たことがある。ブエナビスタがローズキングダムの前に入った2010年のジャパンCとほとんど同一に近い斜行である。ブエナビスタはローズキンダムを抜いて交わしたから、前に入った。

 なぜこんなことを持ち出すのかというと、この日、中山5レースでM.デムーロ騎手が降着になり騎乗停止の処分を受けた。4日間の騎乗停止という重い処分である。M.デムーロの4コーナーで外への斜行はたしかにペナルティーに相当する。ただ、たまたまオルフェーヴルと同じ日なのでJRAのパトロールフィルムは比較しやすい。デムーロ騎手の斜行によって、その後方にいたバロール(柴田善臣騎手)は大きく外に振られることになった。でも、あれはキャリアの浅い3歳未勝利馬のバロールだから過剰に反応しすぎたところがあり、振られたのが半分、自身で手前も変えられなかったのが半分である。進路妨害そのものの程度としては、オルフェーヴルのヒルノダムールに与えた妨害と実際には同程度のインターフェアと思える。相手への妨害の程度ではなく、ただ、相手のそのことによる反応(動きの大きさ)がちがっていたのである。

 進路妨害による不利をことのほか大きくアピールする騎手が、少し以前、各所でヒンシュクをかったことがある。まるで敗因を強調するかのように「ほら、不利を受けているでしょ」。派手に立ちあがって、不利をみんなに強調したからである。したがって、進路妨害に対して、相手のこうむった被害の大きさを尺度にしようとするのは、サッカーで派手に転倒するずるがしこい選手に、おろかな審判がだまされるのと同じで、多くの場合正しくないことは、こと競馬ではだれでも暗黙のうちに納得の了解事項である。

 ヒルノダムール(藤田騎手)は、脚がなかったこともあった。不利を敗因に加えなかった。

 バロールの柴田善臣騎手も別に不利を強調するような位置取りではなかったから、アピールはしなかったと思えるが、なにせ馬がまだ2戦目の3歳未勝利馬だから、瞬時に対応できなかっただけである。池添騎手(オルフェーヴル)は、相手がヒルノダムールだったから、きわめて軽い処分ですんだ。ブエナビスタのC.スミヨンは降着になって、騎乗停止処分となった。メイユールのM.デムーロも降着騎乗停止となった。JRAの裁決、なんと釈明しようが、この中身、またまたあまりに不条理で、かつ不様である。

このコラムをお気に入り登録する

このコラムをお気に入り登録する

お気に入り登録済み

1948年、長野県出身、早稲田大卒。1973年に日刊競馬に入社。UHFテレビ競馬中継解説者時代から、長年に渡って独自のスタンスと多様な角度からレースを推理し、競馬を語り続ける。netkeiba.com、競馬総合チャンネルでは、土曜メインレース展望(金曜18時)、日曜メインレース展望(土曜18時)、重賞レース回顧(月曜18時)の執筆を担当。

バックナンバー

新着コラム

アクセスランキング

注目数ランキング