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終わらない挑戦/2004年タップダンスシチー凱旋門賞挑戦記

  • 2012年08月31日(金) 12時00分
2004年に雑誌「競馬王」に掲載された井内利彰氏による『タップダンスシチー凱旋門賞挑戦記』をnetkeiba.comで完全復刻! 遠征断念から一転して挑戦することになった真実、佐々木晶三調教師、佐藤哲三騎手が語る敗因とは? 8年前のタップダンスシチー凱旋門賞挑戦を振り返ります。(取材:井内利彰)

 9月29日栗東。フランスにいるはずの佐々木晶三調教師がいつもの場所に座っていた。「まさかココでお会いするとは思いませんでした」という僕の言葉に笑みを浮かべてくれた。日曜日に画面を通して見た「遠征断念」の会見からは多少晴れ間がのぞく笑みにも思えた。栗東での最終追い切り後、記者会見で最も印象に残った言葉。

「すでにタップは厩舎の手を離れて、友駿ホースクラブの手を離れて、ファンの馬になっているんだということを痛感して、どんなことがあってもチャンスがあるならば行かないといけないと思いました」

「1日でも予定が狂うと駄目」と考えていた師が一転して遠征を決断した理由。それが、この言葉に込められていた。

 30日の夜に栗東を出発したタップは、馬運車で10時間かけて成田空港へ。2時間ほど待機して、輸送機に乗り込み12時間のフライト、フランスに到着してからハモンド厩舎に入るまでは2時間で総計26時間。帰国後、佐藤哲三騎手が口にしていた「歩様が少し硬かった」というのは長時間移動の影響だったと思われる。

 哲三騎手には事前の9月15日に取材をしていた。そこで最も聞きたかったことはタップに対して感じる好不調のポイント。これさえ押えておけば、現地に行ってタップをどのように見ればいよいのかジョッキーと同じ目線で見れるような気がしたからだ。

「見た目に太くても細くてもあまり気にせず走ってくれるので、やはり気持ち、メンタルな面ですね。あまり気持ちが乗っていない時はいい結果が出ないですから。気持ちが乗らないっていうのはゲートでチャカついて出遅れたりした時なんですが、好調だとそういうことがないですからね」

 続けて凱旋門賞に対して何か勉強しているかと質問すると、「特にしていませんよ。馬が走るっていうのはどこでも同じですから。こっちで勉強して間違った知識を入れるより、自分の肌で感じたことを率直に受け入れたいと思っています」と自然体のまま。

 欧州の競馬でよく目にするスローで馬群が固まることに関しては「馬群とか気分うんぬんよりも一番注意しないといけないのはゲートですね。でも気をつけても出負けするときはするし、その精神状態の時はすでに調整段階でそうなってしまうんで。そういう自分の気持ちが強いところがあるから、勝つ時は強い勝ち方をしてくれるんだと思うので。野球選手に例えると、一発ホームランタイプだと思うんです。的を絞って、そこにくれば超特大のホームランが打てる。けど外を狙って内角に投げられたら、しりもちついて豪快な空振りするみたいな」

 野球好きの筆者には非常に分かりやすい回答。以上の質問で現地で注目しなくてはいけない点が明確になった。

10月2日フランス。佐々木晶三調教師に佐藤哲三騎手、友駿ホースクラブの塩入代表など関係者だけの車中に、先生のご好意で同席させていただいた。早朝にも関わらず、先生は舌好調。それだけで、昨日のタップ到着がスムーズだったことがよく分かる。強いていえば、本来空港からシャンティの輸送がスムーズに行くはずだったのに、フランスギャロップの対応の遅さで厩舎に到着するのが遅れたこと。しかしそれも帳消しにしてくれるのがタップの元気の良さ。

「すごく暴れた」という光景はハモンド厩舎のスタッフにはすごいものに映ったようだが、師にはそれが「安心」のバロメーターだった。さらに厩舎に到着してからはビタミンB、Eの入った疲労回復の注射を2本打ってもらい、現地スタッフから万全のサポートを受けた。それに対し、師は「これが本当のホースマン」だと感じたという。

 師が馬房の扉を開けるとタップがヒョイと顔を出す。そしてチラチラ周囲を見渡すと、興奮したのかかなり煩くなる。その姿を見た哲三騎手が「乗りたくないなあ。落ちたらどうしよう」と冗談でポツリ。しかし哲三騎手が跨ると馬はグッと落ち着きが出る。

 厩舎で数十分乗り運動をして、森林の中にあるダグが踏める場所に移動し、そこでダグを2周ほど。ごく軽い内容だったが「乗り運動をしないと、今日が競馬だと間違えてしまう。それを防ぐためにてっちゃんに乗ってもらった」というのが師の意図。日本からの取材陣の質問に答え、その後洗い場で次の日の指示を中原厩務員に伝えて、車に乗り込んだ。

 ホテルへの車中で師がポツリと呟いた。「去年のタップならこんなこと(海外遠征)をしたらどうにもならなかった。それが、レンズを向けられてシャッターを切られても威風堂々としてるもんね。以前なら暴れまくって仕方なかったもん。これがGI馬の風格かな。これ(直前輸送)で結果が出れば、みんな真似するよ」

 この言葉に今日の充実した内容がすべて詰め込まれているような気がした。

 その日の午後、ロンシャン競馬場に行ってレース傾向を見ると時計が速い。これはタップにとって好都合だった。しかしレースでは先行勢が壊滅状態。差し馬でないと好走は難しいのだろうか?

 凱旋門賞当日になっても馬場の傾向は変わらない。相変わらず外から差してくる競馬が続く。ところが、3Rまであった仮柵を外した4Rオペラ賞からガラリと傾向が変わる。そのレースでは先行したアレクサンダーゴールドランが内から伸びて1着。日本で言うところのグリーンベルトのような状態になっていた。その後も先行内有利の状態が続き、ついに凱旋門賞を迎える。

 パドックに出てきたタップダンスシチーは二人引き。宝塚記念では中原さんがひとりで引っ張っていたし、パドックで「タップダンス」を踏まなかったのがこの馬の成長だと師が繰り返していたのに…。これは環境の変化による神経の高ぶりの現れなのだろうか。

 注目のゲートは少々遅れたようにも見えたが、すぐにダッシュがついて先行する。まずこの時点でホッとした。というのもゲートで遅れるとそれでやる気をなくしてしまうがタップだからだ。第一関門はクリアーしたかに思えた。

 しかし、レースは容易ではない。「先行馬有利」に思えた馬場だったが、最内ではノースライトがハナを譲るまいと果敢に先行し、ラチ沿いは走れない。後ろからはペリエ騎乗のプロスペクトパークがピッタリとマーク。非常に厳しい流れでレースは進む。

 それでも直線手前までは「オッ」と声の出るシーンもあったが、直線では手応えなく惨敗。数千人いただろう日本人の叫び声を全く聞くことなく「一発ホームラン打者」の凱旋門賞は終わった。

 果たしてタップの精神状態はどうだったのか? 帰国後、いくつか疑問に思った点を哲三騎手にぶつけてみた。

 まずレース前の状態に関しては「有馬記念とは違う惨敗。ギリギリのラインで気持ちを維持して走ってくれた。でもパドックでの入れ込みは日本でのモノと違ったし、馬場に出てからもラチを蹴ったりして、普通の精神状態でなかったのは確か」と続けた。切れてはいないが、タップなりに我慢が限界だったことがよく分かる。

 レースに関しては「少し速いかなというくらいの良い流れでレースを進めて、自分の考えていた競馬ができた。ただ、ロンシャン競馬場は普通のコース以上に斤量が堪えますね。特にタップのように4角で一気に引き離したい馬には。起伏が激しいので、自由に動きにくいし、他馬からのマークも感じました。マークされるだけの馬だということはうれしかったですけど」

 斤量。日本の場合、59.5キロという斤量を背負った場合、後検量で100〜200グラム少なくても500グラムの範囲内であれば大丈夫。レースを終えたジョッキーが100グラム減るのは汗をかくので当たり前の事象なのだが、フランスでは100グラムでも少なければ、失格になってしまう。つまり汗をかく分を考慮して、59.5キロ以上を背負わないといけない。事実、哲三騎手も前検量では59.8キロでレースに臨んでいる。

 最後にレースでは最後の直線に向いて全く手応えがなかったように見えたので、それに対して質問すると、「手応えはありましたよ。だけど伸びなかった。ひょとしら2度の直線で馬の集中力が途切れた可能性あるかも」

 フランスでは整理のつかなかった敗因が筆者にとってはすんなり理解できた瞬間だった。

 師はどう感じたのだろう。パドックでの様子については「フランスに着いてからずっと落ち着いてたけど、競馬場に行ったら気負ってたよね。いつもと違う装鞍所だし、馬がパニックになってた。あんなにカリカリしていたのは久しぶり」。やはりタップのパドックは師の目にも普段とは違って映ったようだ。自分の目を確かめるべく土曜日の状態について師の見解を再度聞くと「馬体は良かったと思うよ。けど気で走る馬だから」と。

 レースでラチ沿いを走れなかったことに関しては「多少は影響あるかも知れないけど、有馬記念同様、1日でも予定がズレると気持ちが切れてしまう馬だから。それを承知で努力した結果がアレだったか。でもよく走ってくれたと思う」

 そんなタップに対する栗東での声は様々だった。特に気になったのは、「もっと早くからいくべきだった」という声。エルコンドルパサーが長期滞在して結果を出しているから、そういう声は出て当然だと思う。しかしそれがベストなのかは馬の個体差が大きい。

 例えばタップの場合「1か月前に遠征してしまうとボケてしまう」と師は語る。では、3か月も4か月も前から遠征すればどうだろう? 日本の宝塚記念には使えなくなってしまう。「日本を代表する馬が日本のグランプリレースを出走しないのはどう思う?」いかにも師らしい日本のファンを思う気持ち。それ以外にも長期滞在すれば、それだけのコスト(費用や人間)が必要となるし、日本での競馬(厩舎)も疎かになってしまう。

「またチャンスがあるとすれば、この馬に限っては最初のプラン(1週間前出発)でスケジュールを組むよ。今度は6時間以内に代替機が用意できる保険もかけてね」

 タップダンスシチーは有馬記念で引退の予定だが、これから厩舎の看板になっていくだろう菊花賞3着馬オペラシチー、秋デビューの2歳馬オハイオシチー、そして牧場にいる1歳馬に繋がっていく言葉。佐藤哲三騎手、佐々木晶三厩舎と友駿ホースクラブの飛躍はまだまだ始まったばかりなのかも知れない。

 負けたことに対して理由を話すとすべて「言い訳」になってしまいます。だから負けを振り返るのは本当に難しい。そんな中で佐藤哲三騎手、佐々木晶三調教師は丁寧に最後までインタビューに応じてくださいました。本当にありがとうございました。

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