9/16(日)、オルフェーヴルが凱旋門賞の前哨戦フォワ賞を見事に勝利。「いい状態でフランスへ送り出せた」という北山秀人調教主任の言葉通りの結果となりました。育成に携わっている牧場として感じるオルフェーヴルの本当の強さとは、そして、凱旋門賞の勝算はいかに。(9/17公開Part3の続き)
オルフェーヴル、フォワ賞快勝(撮影:沢田康文)
東 : オルフェーヴルにとって初めての海外遠征ということで、普段と違う調教をされたんですか?
北山 :いや、そこはあまり意識しなかったんですが、やっぱりいろいろなところで海外の環境に慣れなきゃいけないというのがあります。例えば日本ならこういうふうに治療が出来るけど、向こうでは狭い空間でしなくちゃいけないとか。そういう日本とは違う環境の中で求められることを学ばせていったという感じです。
東 : 状態面のだけじゃないんですね。
北山 :そうですね。コンディションは本当に良かったので、海外に向けて強いトレーニングをするというよりは、今まで通りの調教をした上で、そういう作業をしていきました。「今までは奥さんがネクタイを締めてくれたけど、外国に行くのに自分でできなきゃだめだろう」みたいな感じです。
東 : 今回アヴェンティーノが、帯同馬として行っていますね。
北山 :アヴェンティーノとは、フランスへ行く前に一緒に角馬場に入れて慣らせました。まずは友達にさせるという。まあ、アヴェンティーノは年が遥かに上なので、相棒というか良き先輩ですね。それも今回の凱旋門賞に向けてやったことの1つですよね。あとはもう、結果を祈るだけ。まずは無事に大一番まで行って欲しいですし、そこまで行けば、あとはなるようにしかならないですからね。
東 : 改めて、オルフェーヴルの強さはどういうところだと思われますか?
北山 :ん〜、ディープインパクト産駒のような飛ぶ感じではないですし、天才とキレた馬の紙一重のところもあるんですが…ただひとつ言えるのは、いろんな意味で僕らの想像を超えている馬。予測不可能なんですよね。
東 : ひとくくりでは言えないですよね。
北山 :本当にそうだと思うんです。究極に非常識な馬だと思っていますから。レースでも、勝つべきところで勝っていますが、かと言って連戦連勝ではないですし、あり得ないことをして肩透かしすることもありますからね。初めはこんな馬になるとは思っていなかったんですよ。北海道から来た時は、優等生だったんです。
東 : 優等生だったんですか!?
北山 :ええ。兄のドリームジャーニーは、初仔なのもあってか小さくて虚弱体質で、ひとつ上のジャポニズムはとにかくうるさい、それに比べるとオルフェーヴルは優等生だったんです。でも「大概こういうのが一番悪くなるんだ」って言っていたんですよね。牧場で猫被っている馬は、大概トレセンに行くと開花するんです。
トレセンに入ってスイッチが?
東 : オルフェーヴルも、トレセンに入って闘争のスイッチが入っちゃったんでしょうか?
北山 :やっぱり、追い切りを始めてちょっとずつ出て来たんでしょうね。まあ、デビュー戦からいきなりやりましたからね。だから僕らが「この馬はこうだから」とは言い切れない。どこまでなのか、今でも分からないです。
東 : 想像以上のものを持っているからこそ、期待もしちゃいますよね。もしかしたら、今までエリートが挑戦してダメだった凱旋門賞を…?
北山 :やるかも分からないですよね。本当に僕らの想像を遥かに超えていて、すごいハードルも軽々と越えて行くので。だからこそ挑戦させるべき馬と言いますか。オルフェーヴルみたいな馬は、この先もう出て来ないのかも分からないですよね。
東 : 唯一無二の存在?
北山 :かも分からないですね。最高のエンターテイナーなのかなって思います。阪神大賞典、天皇賞でああいうことがあったのに、何となしに宝塚記念であの圧勝ぶり。僕らがどれだけ頭を悩ませたかも知らずに、あのパフォーマンスですからね。育てる方としてはたまらないですけど(笑)、ファンを喜ばせてくれる最高の演出家だと思います。
東 : 凱旋門賞は見に行かれるんですか?
北山 :うちの牧場からは行かないです。今回はドリームジャーニー、ジャポニズム、オルフェーヴルの北海道時代をずっと見てきた北海道の厩舎長が行っているんです。北海道の育ての親に「決めてきてくれ」って、締めを託しました。
東 : タスキは渡されたんですね。でも、期待はたっぷりですよね。
やってくれると思いますよ
北山 :期待はそこそこにしておこうかなと。この馬はいつも裏切ってくれるので、期待をすると、つら〜っと「そんなに甘くないし」って帰って来そうなんですよね。期待しない方が「それ見た事か!」ってなるかなと思うので、期待はしないで応援しようと思います。
まあ、今回同行した厩舎長は、池江厩舎の担当の森澤さんと同じように、すごく寡黙で淡々ときっちり仕事ができる男なので、そういうところで期待はしますね。この馬が獲ってくれたら…ドラマの完結になると思いますよ。今までいろいろあったことの締めとして、そこまで行ってくれればいいなと思います。やってくれると思いますよ。
東 : 最後に、牧場としてこの先目指すのはどういうところですか?
北山 :ここで調整して10日で競馬をするじゃないですけど、牧場自体が1つの厩舎になるような。外国みたいな感じですよね。調教師が半分オーナーのようになって、騎手も、例えば福永祐一騎手はノーザンファームで専属契約するだとか、そういう時代になって来るのかなと思います。
東 : 本当に海外のようですね。ノーザンファームはそれができるだけの規模ですもんね。
北山 :ただ、牧場としてもうひとつ上に行くには、客観的に見られる人間が揃っていないといけないと思います。やっぱり先頭に立つような大きな牧場だからこそ、自分たちの考えに固執せずに、いま一度客観的に見ることが必要なのかなと。そういう意味で、僕はノーザンファームをいったん離れて10年間グリーンウッドでやってきたので、客観的に見られてはいるかなというのは、唯一思えるところです。
東 : 大きな牧場だからこそ、そういう意識が必要なんですね。
北山 :そうですね。内向きにならないように、客観的に見られるようにというのは、すごく心掛けています。ファンの方や馬主さんにどう見ていただいているかを意識して、馬も人も集まる牧場にしたい。そこは、北海道時代からお世話になっている僕の師匠に教えてもらったんです。「馬が集まり、人が集まる牧場を作れ」と。
東 : 馬が集まり、人が集まる牧場。
北山 :はい。ただ施設が良いからじゃなくて、馬が健康になれる良い環境で、気持ちの良いスタッフが揃っていると思ってもらえて、周りの人たちに「ここに来たい」と思ってもらえるような、人も馬も自然と集まるような、いろんな意味で空気の良い牧場にしたい。せっかく良い環境があるわけですから、そういう中でみんなが気持ち良さそうだというのが当たり前な牧場になって欲しいと思っています。(了)
【ノーザンFしがらき 施設紹介】
■トレッドミル
施設内に3基設置。
最高速度はキャンター程度の時速30km。スピードと勾配(6%まで)で調整する。
使用する際はスタッフが隣について、スイッチで操作(画像・下)。
1回で20分程度の運動。オープン馬はここで運動をしてからコースや坂路へ入ることが多い。
◆次回予告
10月のゲストは秋山真一郎騎手。今年のNHKマイルCでついにGIジョッキーの仲間入り、GI挑戦55回目での悲願達成でした。最高のパートナー・カレンブラックヒルとの秋緒戦は毎日王冠。ここを弾みに天皇賞・秋を目指します。今だから語れる「GI勝利」への思いとは、そして同馬との展望を伺います。公開は10/8(月)12時、ご期待ください。
◆北山秀人
1974年7月15日、北海道出身。高校卒業後、北海道のノーザンファーム早来に就職。7年間の勤務の中で、アドマイヤベガやクロフネなど名馬の育成に携わる。その後、滋賀県近郊にできたグリーンウッドへ移動。ノーザンファーム以外の牧場でも経験を積む。同牧場に10年間在籍した後、ノーザンファームしがらきへ。現在は唯一の調教主任として、全厩舎を統括している。