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『もしもオルフェーヴルが、ディープインパクトと戦ったら』JRA競走馬総合研究所(4)

  • 2013年07月22日(月) 12時00分
競馬界のレジェンド・ディープインパクトの研究をされていたことでも有名な高橋敏之研究役。今週は、ディープインパクトの名馬たる所以に迫ります。「ディープインパクト、実は飛んでいなかった!?」「もしも、オルフェーヴルとディープインパクトが対戦したら!?」。テイエムオペラオーやクロフネも登場します。(7/15公開Part3の続き、ゲスト:JRA競走馬総合研究所 高橋敏之主任研究役)

赤見 :高橋さんはかつて、ディープインパクトの研究をされていましたよね。

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競馬界のレジェンド・ディープインパクト



高橋 :はい。ディープインパクトは、デビュー前から心拍数のデータを取らせていただいていました。良い馬のデータが欲しいので、池江泰郎調教師にご協力をお願いして、サンデーサイレンス産駒の新馬を7頭ぐらい選んでいただいたんですが、その中の一頭がディープインパクトだったんです。

赤見 :その頃から、やっぱり違いを見せていたんですか?

高橋 :そうですね。デビュー前でしたが一番仕上がっていて、池江調教師にも「データの値は良いです」とお話しました。その後、厩務員さんも興味を持たれていたので、継続的に心拍数などのデータを測っていました。

赤見 :心拍数って、どうやって測るんですか?

高橋 :普段使用している調教用のゼッケンの下に電極を取り付けます。それを馬体にかけると、左右から心臓を挟み込むような感じになり、電極から電波で心拍数のデータが記録できます。また、この装置はGPSの機能もあるので、1秒ごとに位置も記録できて、1秒間に何メートル進んだかという速度も分かります。

心拍数は、若い馬だと1分間に240回ぐらいまで行くんですが、だいたいの競走馬は1分間に210〜220回ぐらいなんです。スタミナがつくと、同じ心拍数でもっと速く走れるようになるので、それを見て「だいぶ鍛えられてきた」とか「調子が上がってきた」というのを判断します。

赤見 :ディープインパクトに関しては、走法も分析されたんですよね?

高橋 :はい。新聞報道なりで「走り方が違う」と言われていたので、本当に違うのか測ってみようということになりました。皐月賞前、若駒S辺りから、だいぶ皆さん「違う」とおっしゃっていたので、ダービーの時もデータが取れないかなと、トレセンに行って画像は撮影したんですけど、あまりうまくデータが取れなかったんです。

それで、秋の神戸新聞杯の時に、今度は競馬場で測ってみて、何とかいけそうだということで、本番の菊花賞で改良して測定できたんです。

赤見 :データを取るための、カメラの設置場所が難しそうですね。トレセンだと結構ラチがあったりして。

高橋 :そうなんです。ラチがあるので、脚が見えないところがあったりするんですよね。競馬場で撮影する位置は、「ここだったら競馬開催の邪魔にならないだろう」というのを競馬場の職員と打ち合わせて、通常はスタンド内から撮影しています。

赤見 :そういうことにも配慮されながら、菊花賞で貴重なデータを取ることができたんですね。あの時は上手いことディープインパクトが、外から一頭になって抜け出してきましたもんね。そのデータから、どのような分析をされたんですか?

高橋 :菊花賞のゴール前の映像をスローモーションで撮影して、「今脚が着いた」「今離れた」というのを判断してデータを取りました。ただ厳密には、脚がいつ地面に着いたかというのは芝に隠れてしまって見えないんですよね。

赤見 :瞬間的なところで見えない。着いた瞬間って、どれぐらいの時間になるんですか?

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ディープが空を飛んでいた時間

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高橋 :脚が着いている時間は、全力疾走だと90/1000秒くらいです。カメラは4/1000秒単位で回していたので、20枚くらいしか一本の脚が着いている画が取れないわけなんですね。本来なら1/1000秒単位で画が取れると良かったんですが。

そういう点で、なかなか難しいところはありました。ただ、どの場合も私が見て着地、離地を判断していましたので大きな誤差はないと思い、また、ファンの方にも知っていただきたいデータだということで発表しました。

菊花賞の時に撮影したスローモーションビデオから、四肢がいつ着地していつ離地したのか測定したのですが、ディープインパクトは、四肢すべてが地面から離れて空を飛んでいた時間は0.124秒、他の馬の平均値は0.134秒でした。空を飛んで走っているかどうかをこの時間の長さで判断すると、ディープインパクトは他の馬に比べて、空を飛んでいた時間が短いことが分かりました。また、空を飛んで移動した距離は、ディープインパクトが2.63m、他の馬の平均値は2.43mと長かったのですが、空にいた時間が同じならば、この距離は走っている速度が速ければ長くなるので、空を飛んで走っていたことにはなりません。

赤見 :「空を飛ぶ走り」と言われたディープインパクトは、実は一番飛んでいないという結論だったという。ちょっと意外な結果ですけど、無駄な動きがないということですか?

高橋 :そうですね。人間もそうですけど、飛ばない方がいいんですよね。ハードル競走でも、できるだけ低い高さでハードルを越える方が、速く走れるのと同じ事です。

また、ディープインパクトは、着地した手前後肢と反手前前肢の間の距離が長いことが走り方の特徴でした。この距離は、ストライドの長さを伸ばして速く走るのに非常に重要であることが分かっています。

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ディープのストライドの長さ

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赤見 :こうやって走り方を解析していくと、もしもディープインパクトとオルフェーヴルが戦ったら、どっちが勝つと考えられますか? 現実にはできない名馬同士の戦いは、どっちが有利でしょうか!?

高橋 :ん〜、オルフェーヴルは現役でいるからコメントするのが難しいのですが、ただ、実績から考えるとすると、例えばオルフェーヴルの出走したダービーは不良馬場だったので、普通ならストライドが伸びないんですが、オルフェーヴルはしっかり伸ばしてきたので、ああいう不良馬場は得意なんだと分かります。

逆にディープインパクトは、ストライドを伸ばして走っていることが多かったんですよね。そうすると、良馬場の方が得意ではないかなと思います。オルフェーヴルは両方大丈夫なんでしょうけど、渋っている馬場は他の馬が苦手とすることが多いので、そこが克服できるのは有利かなと思いますね。

赤見 :馬場が悪い場合は、オルフェーヴルが有利になりそうですね。

高橋 :凱旋門賞の時も、ディープインパクトが行った時は、向こうの馬場としては珍しく、すごく乾いた馬場だったんです。なので、滑らなかったんですけど、オルフェーヴルが行った時は普通のロンシャンの馬場だったので滑りやすかった。結果は2着でしたけど、実績もあるし、本来ならああいう馬場は得意なはずだと思います。そこはオルフェーヴルの強みじゃないかと思います。

赤見 :どうしてオルフェーヴルは、普通の競走馬が苦手とするような馬場でも平気なんでしょうか?

高橋 :それはちょっと判断するのが難しいですが、オルフェーヴルが菊花賞を勝った時のデータを見ると、ピッチがすごく速いんです。逆にストライドを伸ばすような走りだと、馬場が悪くなった時に、どうしても前に着いた脚が斜めに着いてしまうところがあるので、滑ってしまう可能性が高いんですが、回転数を上げるような走りだと、安定して走れるのかなと思います。

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現役最強馬・オルフェーヴル


赤見 :脚を着く回数が増える方がバランスを崩す可能性が高いようなイメージがあるんですけど、そうではないんですね。

高橋 :遠くに飛んだ方が、バランスが一発で崩れやすいんですよね。

赤見 :ああ、そうか。その分、修正も難しくなるという。逆にディープインパクトは、1完歩が大きいから、馬場が良い方がストライドを伸ばしやすいということですね。

高橋 :そうですね。あと、ディープインパクトが特徴的なのは、蹄鉄が減らないことなんです。強い馬って、普通は後ろ脚の蹄鉄がすごく減るんですね。キック力が強いから、例えば坂路でチップを跳ね飛ばして走るような。ただあれは、力がある分、脚が滑ってしまっているんです。

でも、ディープインパクトはそれがなくて、滑らせずにうまく力を伝えて走るのが最大の特徴として挙げられます。馬場が悪くなるとそれが失われてしまうので、そういう場合は不利なのかなという気はしますね。

赤見 :「これまでの名馬を比較すると、どれが一番強い?」という質問をしたら、部門によるということですよね?

高橋 :そうですね。それぞれに特徴があるんですよね。ディープインパクトはやっぱりストライドを伸ばすというのが特徴的で、オルフェーヴルはピッチを上げてというのが特徴です。

あとは、心臓のデータを取った中では、テイエムオペラオーはすごく心臓が強いというのが分かっています。一方、ディープインパクトは、多分、走る力を無駄にせず、効率的にあまり心臓に負担をかけずに走れることが特徴だと思います。

赤見 :エコカーみたいですね。

高橋 :ええ。テイエムオペラオーはアメ車みたいな感じで、大排気量でがんばるという特徴がありますね。

赤見 :それぞれ良いところが違うんですね。おもしろいです! そうやってデータを取って詳しく調べた馬が、本当にトップホースに上り詰めていくのを見ている心境というのは、いかがですか?

高橋 :データが良いから絶対に走るというわけではないですが、データは良いにこしたことはないのでと、皆さんにもお話しています。データの値で活躍の確率はだいぶ上がるんだなと、そういう結果が出ているので、ちゃんと理屈が合っていて良かったなと思いますね。

赤見 :理論に裏打ちされている方が指標は立てやすいですし、心拍数とかを見ながら「この調教でいいんだな」というのが分かるのは、ある意味正確ですよね。

高橋 :そうですね。最初の頃は、だいぶ調教師さんに協力していただいて心拍数のデータを取らせていただきました。先ほどの池江泰郎調教師や、松田国英調教師にもよく協力していただきましたね。クロフネも測らせてもらいました。

赤見 :おお〜! クロフネはどうだったんですか?

高橋 :クロフネは、心拍数がすごく低いんです。心拍数が低くて心臓が良くて、正確に測ってはいないんですが、ストライドも長いんですね。武蔵野Sで初ダートを走る時には、ダートはどうかなと思ったんですが、あれだけ走りましたからね。やっぱりこちらの知識だけでは競馬は計れないところがありますね(苦笑)。

赤見 :じゃあクロフネの例は、引出しが1つ増えたという感じですね。

高橋 :そうですね。こういう数値は、相手関係や展開があるので、レースとなると値通りの結果になるわけではないのでやっぱり難しいですが、それぞれの馬の状態がある程度は分かると思います。ベテランの調教師さんは、馬がどういう状態の時にどのような調教をすればいいか経験的に分かっていると思いますが、特に若手の調教師さんには「こういうデータを情報の一つとして持っていて、ご自分の目で見た馬の状態と測定した数値の示す状態をすり合わせることができます」と説明しています。そうやって、いろいろな測定値を活用していただければと思っています。(Part5へ続く)

◆次回予告
JRA競走馬総合研究所・高橋さんのインタビュー最終回の次回は、『競馬・都市伝説』に迫ります。「右回り左回り、得意な馬がいるのはなぜ?」「牝馬は夏に強いは本当?」など、競走馬にまつわる素朴な疑問をバンバン解明していきます。公開は7/29(月)12時、ご期待下さい!

東奈緒美 1983年1月2日生まれ、三重県出身。タレントとして関西圏を中心にテレビやCMで活躍中。グリーンチャンネル「トレセンリポート」のレギュラーリポーターを務めたことで、競馬に興味を抱き、また多くの競馬関係者との交流を深めている。

赤見千尋 1978年2月2日生まれ、群馬県出身。98年10月に公営高崎競馬の騎手としてデビュー。以来、高崎競馬廃止の05年1月まで騎乗を続けた。通算成績は2033戦91勝。引退後は、グリーンチャンネル「トレセンTIME」の美浦リポーターを担当したほか、KBS京都「競馬展望プラス」MC、秋田書店「プレイコミック」で連載した「優駿の門・ASUMI」の原作を手掛けるなど幅広く活躍。

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