プロのサッカー選手になる夢を一瞬で塗り替えてしまった“競馬”の存在。両親の目を盗んで競馬場に通い、人知れず体重管理にも励んだ菱田少年。その熱意に、反対していた両親も認めてくれることに。しかし、競馬学校生活は予想以上の厳しさ。そしてある時、学校から厳しい現実が突き付けられ…。(11/11公開Part2の続き、聞き手：東奈緒美)

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◆「周りを見返したい」という一心で

東 ：競馬学校での生活は厳しかったということですが、1年留年してるそうですね？

菱田 ：そうなんです。僕、1年生を2回やってるんです。教官に呼ばれて言われるんですけど、「恐怖心が拭えてない」「プレッシャーに弱い」「技術が足りない」って、もうメタメタに…。

東 ：進級できない理由を言われるんですか。

菱田 ：はい。その時は、3人退学になったんです。僕を含めて4人が呼ばれて、3人はその日のうちに荷物をまとめてって。僕は4人目に呼ばれて、「あぁ、終わりや…」って思ったら、留年でなんとか生き残れたんです。そこからはもう、「周りを見返したい」という一心だけでがんばってきました。

東 ：そこで、中井(裕二)君と一緒になったんですね。

菱田 ：そうです、そうです。まあでも、僕はもう「中井達には絶対負けられへん」っていうのがあったので。

東 ：中井君は「いつも菱田が1番で自分が2番で、絶対に菱田は抜けなかった」って言っていました。やっぱりそこはプライドですよね。

菱田 ：そうですね。意地でも負けられなかったですからね。

東 ：念願の騎手デビューを迎えて、1年目からすぐに活躍しましたよね。しかも、同期の中で最多勝利！

菱田 ：でも、23勝ですからね。全然ダメなんです。30勝は絶対にしたいと思ってたので。23勝って、中井と一緒だったんです。2着の回数差で、僕が最多勝になったんです。

東 ：それはかなりの接戦ですね。

菱田 ：決まったのも(開催の)最後の最後でしたからね。最終日の前の時点で、確か僕が勝っていたのかな。それが最終日になって、中井がひとつ勝ったんです。「あぁ、多分中井が最多勝だな」と思って。中井も「ごめんな〜」みたいな感じで言っていて。僕の最後に乗る馬が人気してないのを中井も分かっていたから、「ごめん、(自分が)勝つわ」、「ほんまやな」って。そうしたら、僕がその馬でポッと勝ててしまって。

東 ：それで菱田君が逆転。勝負強いですね。この“ダブル裕二”の戦いは、デビューの頃から激しかったみたいですもんね。中井君が同期で初勝利一番乗りして、その時に「どや、菱田！」って思ったそうです。

菱田 ：そうなんですか!?　僕は全然意識してなかったですけど(笑)。

東 ：そうだったんですか(笑)。普段からそんなに人を意識してどうのこうのじゃないんですね。

菱田 ：そうですね。僕B型なんで、すごくマイペースですから(笑)。

東 ：人に惑わされないで自分の道を行けるのがうらやましいです。新人最多勝の勢いのままに、2年目の今年も活躍していますね。(11月10日現在46勝、全国リーディング18位)。

菱田 ：いやいや、全然です。僕なんか、ほとんどがローカルで勝っていますしね。やっぱり、ローカルの1勝と本場の1勝は全然違うと思います。それに、数字もまだまだ。


東 ：今年の目標は何勝だったんですか？

菱田 ：今年中に減量を取りたかったんです。通算100勝したら取れるので、78勝以上。だから全然足りません。それに今は減量もあるから、もっともっと勝たないと。

東 ：でも、目標が高いですよね。そこも誰かとというんじゃなくて、自分の目標を定めてしっかりやってるから、レベルが高いところでまだ満足できないのかなって思います。

◆フォームを褒められるのが一番

東 ：ところで、今年は新しい経験もされましたよね。まずは、5月のNHKマイルCでGI初騎乗。8月にはニュージーランドで行われたアジアヤングガンズチャレンジに参戦して、海外デビューも果たしました。まずはNHKマイルCですが、GI騎乗は若手騎手の目標の1つだと思うんですけども、実際に乗ってみていかがでしたか？

菱田 ：僕は、東京競馬場はあまり乗ったことがなかったんですけど、GIの東京競馬場はやっぱりすごいなと思いました。ものすごい楽しかったです。

東 ：楽しめたんですか？　緊張は？

菱田 ：緊張はしなかったですね。「お前、前の日寝れたか？」って言われたんですけど、爆睡でしたし。まあ、人気してないのもあったんですけどね。それよりも、楽しい方が大きかったです。ゴールして引き上げて来る時に、(勝った)柴田大知さんがガッツポーズして、ウイニングランされてたんですよ。それがカッコ良くて…、めっちゃ鳥肌立ちました。

東 ：苦労された大知さんの感動的な勝利でしたもんね。菱田君は、普段から緊張しないんですか？

菱田 ：いや、緊張してる時もありますよ。ただ、そこは自分でもよく分からないんですけど、すごい人気を背負ってても、緊張する時と全然しない時があるんですよ。

東 ：何でですか？

菱田 ：何が違うのか…全然分からないです。でも、してない時の方が、僕は結果が出てます。緊張しないで「負けてもともと」くらいで乗ると、案外上手くいったりしますね。

東 ：やっぱり、リラックスして乗るのが大事なんですね。もうひとつ、ニュージーランドでの経験はどうでしたか？

菱田 ：う〜ん、向こうはいろいろと勝手が違って。最後まで僕は、戸惑ったままで終わってしまったんですけど。でも、他の外国人ジョッキーは全然気にしてない感じで乗っていました。そういう面でも、向こうの人はすごいタフだなって。ジョッキーは環境に惑わされないタフさが必要だなと思いました。

東 ：日本人って周りを気にしたりするのがありますもんね。でも、外国の人は「自分は自分」みたいな。

菱田 ：そうなんですよね。そういうところもすごく勉強になりましたし、また行きたいなと思います。

東 ：どこか他に乗ってみたい国はありますか？

菱田 ：僕はアメリカの競馬が好きなんです。ダートしかなくて、スピード競馬で。ジョッキーは、日本で言われる“トントン”はしないで、ビッシリ追って行くんですけど、あの姿がすごいカッコイイなと思います。

東 ：乗り方に関して、1年目と2年目で変化したなっていうことはありますか？

菱田 ：体力がついてきて、レース中もいろいろ考えられるようになりました。あとは、乗り方もいろいろ試してます。最近は「きれいにスマートに乗ってみよう」とか「アクションをちょっと大きくしてみよう」とか、そういう余裕が出てきました。

東 ：菱田君の騎乗フォームはきれいですよね。


菱田 ：本当ですか!?　フォームがきれいって言われるのが、僕は一番うれしいんです！

東 ：道中もきれいですし、追っている時も下半身がブレていないですよね。しっかり鍛えてるのかなって。

菱田 ：トレーナーを付けて、週に1回トレーニングをしています。下半身と体幹を鍛えていますね。下半身は、特に意識してやっています。上半身は、僕はそんなに要らないと思っていて。上半身よりも下半身が大事だと思います。カッコ良く乗るというのは、常に心掛けてますね。(Part4へ続く)

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【次回予告】
インタビュー最終回の次回は、菱田騎手のレースぶりに迫ります。デビューからの2年間で、自身が選ぶベストレース＆ワーストレースを発表。未だに悔しさを拭えない一戦とは。そして、憧れの横山典弘騎手からかけられた感動の一言とは。