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メイショウ・松本好雄オーナー(4)『ユタカは競馬界の宝物“たいした男に成長してます”』

  • 2013年12月30日(月) 12時00分
おじゃ馬します!
馬主歴40年。長く競馬界に身を置かれ、日本馬主協会連合会会長も務められてきた松本オーナー。より良い競馬界を目指し、オーナーが競馬会に働きかけていることとは。そして、幸四郎騎手と並んで可愛がっている武豊騎手と、年明けに開業する石橋守調教師への思いとは。凱旋門賞乗り替わりの秘話も明かされます。(12/23公開Part3の続き、聞き手:赤見千尋)


◆“有馬記念は12月28日”

赤見 :松本オーナーが日本の競馬で改善されたいのは、具体的にはどんなところですか?

松本 :まぁ、ずいぶんね、番組も競馬ファンのために、あるいはできるだけ馬券が売れるようにと、良い競馬にしたいというふうにはやっているんですけど。例えばね、今年は12月22日に有馬記念。有馬記念で大体競馬って終わりだろうというのに、その翌日も競馬をやると。

 そういうことをやるなら、有馬記念は年末、28日なら28日に決めると。日本の競馬の祭典として日を決めて、“毎年28日が有馬記念”という概念を皆さんに覚えてもらった方がいいんじゃないかと。

赤見 :たしかに、有馬記念の次の日にまた開催があるって、締めにならないように感じます。

松本 :そうそう。それは、競馬会がファンのためと言いながら、ファンのことを思ってない。年末になったら皆お仕事が休みなんだから、その時に有馬記念をやって、お正月の3日や4日に競馬をやったらいい。そういうのを、なかなかうんと言わないんですよ。

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赤見 :それはなぜなんでしょうか?

松本 :まず一番に、天候の問題が心配だと。300億、500億と売れる大きな競馬が取り消しになったら困ると。でも、そんなことは今まで無かったし、それはしょうがないじゃないですかと。来年はたまたま28日が有馬記念になる。それはやらないのかとなると、やるんですよね。

 それはもう、僕だけの意見じゃなしに、競馬の経営委員会をされている政治家の方なんかも僕に言うわけです。「松本さん、有馬記念は年末にやりなさいよ」って。それを競馬会がうんと言わない。「競馬会はどう思って番組を考えているんだ」と言ったら、「そうですね」と言いながらなかなか。だから僕は、官僚より官僚的になっていると思うわけですよ。

赤見 :ファンの方の実情にあった施策をお願いしたいですよね。

松本 :そう。それから、12月の頭にある“ワールドスーパージョッキーズシリーズ”というのが、非常に良い競馬になっているんだけど、あれは最初12頭立てでやっていて、13頭、14頭、15頭と増やしているわけです。そこをなぜ16頭にしないのと。15頭を16頭にして、5回もダービーに勝って、しかも80回という節目のダービーに勝って、3500勝してる武豊をなぜ使わないんだと。あなた方は興業主でしょうと。興業主はファンが喜ぶ、そういう場面を作らなきゃいけないんですよ。

◆凱旋門賞、武豊騎手へ乗替りの秘話

赤見 :本当にユタカさんは、競馬界の宝。

松本 :そう。宝物ですよ。だから、興業者としては彼を使う。使わないという手はないわけですよ。16頭にしてユタカを入れても、誰も文句は言わないはず。だからやっぱり、競馬会は頭が固いなと。なぜ自分で決めたルール以外は変えないんだというのを、理事長に直接電話をしたりしていますよ。

赤見 :ユタカさんが出ているのといないのとでは、大違いですもんね。そういうことも提言されているんですね。やっぱりオーナーにとっても、ユタカさんというのは特別な存在ですか?

松本 :そうですね。幸四郎と同じように、ずっと一緒に来たんだけど、なかなか僕らでは真似ができないような、非常に冷静で、威張らず、おごらず、さりとて遜らず。もう、たいした男に成長していっていますね。まだまだ成長しているからね。本当に宝物になりましたよ。

赤見 :オーナーの背広の、ユタカさんの隣にいる石橋守さんは、年明けに調教師として開業されますね。

松本 :そうなんだよね。守が調教師になるんだからね。乗り役の時は、玄人受けをする良い乗り役で。そんなに派手なパフォーマンスもせず、玄人好みの乗り方でね。苦労して懸命に勉強して、やっと調教師になったわけですけどね。

 僕のサムソンは、彼がずっと乗ってくれたんだけど、凱旋門賞へ行く時は、皆さんを呼んで話をさせてもらって。守を呼んで、ユタカを呼んで、あと(福永)祐一から、幸から、10人ぐらい全部呼んで。

 今度凱旋門賞に行くようになったと。凱旋門賞は守では無理やろう、ユタカに頼もうやと。僕は目の前で言ったんです。で、「ユタカ、どうや?」って言ったら、「いや、良かったら私が乗せてもらいます」ということで、それで皆の前で決まったんですよ。

赤見 :そうだったんですか。石橋さんにとっても、そういうふうに言ってもらえたというのは、良かったんじゃないかなと思います。

松本 :まぁ、その後もユタカが乗りましたけどね。だから、サムソンの引退式の時は、2人のジョッキーが出てくれて。

赤見 :そうですよね。最初に石橋さんが乗られて。

松本 :そう。すぐにユタカが乗って。

赤見 :あれも素敵な場面でしたね。

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松本 :僕もうれしかったね。守が気持ちよくバトンタッチしてくれて、引退式の時も一緒にやってくれてね。

赤見 :調教師になられたら、託す馬というのは? サムソンの仔とか?

松本 :それは当然でしょう。それはやりたいね。ちょこちょこと決めていますよ。

赤見 :楽しみです。それに、メイショウマンボもいますし、来年がまた楽しみですね。

松本 :サムソンがダービーを勝った時に、杉本清さんが取材に来られて、「会長、あと楽しみ何かあるの?」って聞かれたんです。「本当ですよね。夢のまた夢を叶えてもらったんだから、もうそんなに、このレースどうこうというあれはないですよね」という話をしたんだけど、「それじゃあ答えにならないから、何か言ってくださいよ」っていうので、「さらなる夢に向かって」と、こういう表現をしたんですけどね。

 気持ちの中では、女の子の走る馬にひとつぐらい出会いたいなと、内心ではありましたけどね。でもこの時代では、僕は無理だと思ったんです。

赤見 :それはどうしてですか?

松本 :女の子というのは、ここ数年とか10年単位ぐらいで見ていくと、大手の牧場が良い肌馬に良い種馬を付けて、そして競馬をして、自分のところへ上げて、またそれを商いにして行くという。

 そういう人達と、自分が持っていて、そこそこの血統だろうけど、例えばマイナーな種馬をつけて、そこらに勝てるわけがないと思ったの。1つや2つは勝てるかも分からないけど、そんな大舞台までは、まず出るのが難しいだろうというふうに思って。それが急に現れて、急にポロポロっと獲ったもんだからね。

赤見 :個人の馬主さんでGIをいくつもいくつも勝つ馬と出会うというのは、なかなか難しいですよね。

松本 :いや、本当にそうですよ。それで女の子だからね。スズカマンボをマイナー、マイナーって、僕は失礼な事を言っていますけれども、スズカマンボのオーナーの永井さんとは大変仲が良くて。オークスを勝った時は、抱きついて泣いて、ものすごい涙を流して喜んだんです。

赤見 :スズカマンボにしても、大仕事をやってのけましたよね。

松本 :そうなんですよ。たまたま今年はちょっと体を悪くして、種付けの仕事は前半しかしていないんですけど、来年は大丈夫なようになって、申込み殺到だからね。すごいみたい。

赤見 :メイショウマンボの活躍は、たくさんの人に喜びを与えたんですね。とっても素敵なドラマです。

松本 :そうだね。作っても作れないようなドラマだからね。まぁ、馬主としてはもういいでしょう。

赤見 :いえいえ。私たちにまた、素敵なドラマを見せてください。(了)

東奈緒美 1983年1月2日生まれ、三重県出身。タレントとして関西圏を中心にテレビやCMで活躍中。グリーンチャンネル「トレセンリポート」のレギュラーリポーターを務めたことで、競馬に興味を抱き、また多くの競馬関係者との交流を深めている。

赤見千尋 1978年2月2日生まれ、群馬県出身。98年10月に公営高崎競馬の騎手としてデビュー。以来、高崎競馬廃止の05年1月まで騎乗を続けた。通算成績は2033戦91勝。引退後は、グリーンチャンネル「トレセンTIME」の美浦リポーターを担当したほか、KBS京都「競馬展望プラス」MC、秋田書店「プレイコミック」で連載した「優駿の門・ASUMI」の原作を手掛けるなど幅広く活躍。

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