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佐藤哲三騎手(1)『事故から1年半、ひとり耐え続けた苦しみと恩人の言葉』

  • 2014年07月07日(月) 12時00分
※このインタビューは、今年の6月20日に取材しました。

おじゃ馬します!
2012年11月24日に京都競馬場で落馬。『左上腕骨開放骨折、左肩甲骨骨折、外傷性気胸、L4(腰椎)横突起骨折、左尺骨骨折、右大腿骨骨幹部骨折、左足関節脱臼骨折、右下腿部裂創、右第一肋骨骨折、右肘関節(尺骨)脱臼』、この診断名が事の大きさを物語っています。あれから1年半。大きな手術を何度も行い、現在も入院生活が続くなか、復帰を目指して1日1日を懸命に過ごしている佐藤哲三騎手。今回、応援してくれているnetkeibaのユーザーに向けて、近況を語ってくれました。休養してから初めて受けたというロングインタビュー。佐藤哲三騎手の気持ちの詰まった声をお聞き下さい。(取材:赤見千尋)

◆「何で自分はジョッキーをやっていたのか」

赤見 今も入院されていると聞いて驚きました。

佐藤 そうなんです。外出は自由にさせてもらっているんですけど、もう1年半、ずっとですね。

赤見 今の様子というのはいかがですか。

佐藤 今の様子は…暇です(苦笑)。骨折の箇所は早くに良くなったんです。「数か月は歩けないでしょう」って言われていたのですが、2か月ぐらいで立てるようになって。骨折というのはある程度何とかなるんですが、今回のように神経を損傷すると、自分ではどうしようもないんですよね。いつもなら主治医の言うことを聞かずにリハビリするんですけど(笑)、今回ばかりは指示に従うのが最善。その辺がもどかしいんですが、うまく行っているみたいなので、頑張っているところです。

赤見 手術を何回かに分けて行ったそうですが、それはもう終わったんですか?

佐藤 終わりという話だったんですが、もう1回あるらしいです。「もう手術はない」って言って、次に行ったら「やっぱりやります」って言うんですよ。嫌でしょう(笑)? 左腕に筋肉や神経を移植しているんですが、動かせない時期に死んでいる筋肉が巻きついて、癒着しているらしいんです。そのまま邪魔している状態で硬くなると、先々おじいちゃんになった時に、元気な筋肉が負けてしまうみたいで。今回はそれを取る手術なんです。この手術が復帰を早めるというわけではないですが、後々のために受けることにしました。それほど大きな手術ではないんですけどね。最初の手術が23時間かかりましたから、それに比べると5、6時間の手術なので。

赤見 以前にも、大きな怪我を経験されていますよね。(※2007年前半に、落馬で肩甲骨を骨折)

佐藤 あの時も大変でしたね。診断当初は「一生肩が上がらないかもしれない」と言われて。それでも、自分ではたいした怪我ではないと思っていたから、1キロくらいのダンベルを持ったりしていたんです。そうしたら、リハビリの先生に「止めてください!」って怒られて。レントゲン写真を見せてもらったら、たしかに大変なことになっていたんですね。これはちゃんと言うことを聞きながら治さなきゃダメだなと。

赤見 かなりのスピード復帰でしたよね。

佐藤 早かったですね。3か月半ぐらいで戻ったと思います。さっきも言ったように、骨折だったらある程度自分で何とかなるんですよね。それでも、この時は復帰レースも落馬した時と同じ京都だったので、坂を下って直線を向いてその場所を通り過ぎるまでは不安でした。落ちた時も意識があって全部覚えているので、そこを過ぎるまでは怖かったんです。でも、今回の怪我はさすがに、「もうジョッキーは嫌だな」と思いましたね。「何で自分はジョッキーをやっていたのかな」「今までもどこかで辞めるタイミングがあったんじゃないかな」と、いろいろと考えてしまったり。

これまで僕が目指していたのは“一流のホースマン”ではなくて、言葉は悪いかもしれないけど、“一流のギャンブルレーサー”なんですね。“競馬”で認められるジョッキーでいたいと。だから、人とはちょっと違う愛馬精神というのもあるんですけど。ずっとそういうところを目指してやってきて、いい経験もたくさんしましたけど、今回はそれすらも忘れてしまうくらい。腕も1年以上動かなかったですからね。今では、少しですが反応も出てきて、その変化がうれしかったりもするんですが、当時は、腕はパンパンに腫れていて紫色をしていて、すごい状態だったんです。そういうのも「この先どうなるのかな」って不安でしたしね。

おじゃ馬します!

◆前田オーナーがいなければ今の自分はない

赤見 「何でジョッキーをしていたんだろう」と思うほどに追いつめられて。

佐藤 「自分が死ぬのかな」なんて思うこと、あまりないじゃないですか。事故が起きて「2、3日が山」って言われて、僕はその「山」というのもあまり理解していなかったんですけど。後から考えたら、汗が急に思いっ切り出たり、それが引いたら今度は寒くなってブルブル震えたり。そういうのも、危なかったのかなって思います。

その頃減量をしていて肺をやられていたから、「水を飲んだらだめ」と言われて、4日ぐらい飲めなかったんです。喉がカラカラになるじゃないですか。それを言っても「点滴を入れているから大丈夫です」って。そういうことも苦痛でしたしね。それは意識の中である苦痛ですけど、いろいろ言い出したら…。精神的なものもそうですしね。大分弱くなっていたと思います。確実に弱くなっていましたね。まぁ、今も弱いのかもしれないですけど(苦笑)。

赤見 そんなことは。でも、その状況で気持ちを前向きに持っていくことは、本当に難しいと思います。

佐藤 そうですね。そういうなかでね、ノースヒルズの前田オーナーが、本当に良くお見舞いに来て励ましてくださったんです。こういう状態なのに「うちの所属の馬、全部乗ればいいから」「好きな馬を選んで、全部乗っていいから」って。そうやってわかるような感じで応援してくださる。ジョッキーって、療養中もそうですけど、戻った後のことも不安じゃないですか。

赤見 それまでが順調でも、ブランクがあって戻ったら、環境がまったく変わっているかもしれないですし。

佐藤 そう。「こんな怪我をして、復帰しても乗れないだろうな」って思っているところで、「そういうことは心配するな」「応援するから」って言ってもらっているようで。ありがたいですよね。僕の性格上、応援してもらえるなら、ただ乗るだけでは嫌なので、しっかりと治してもう1回目指してみようかなって。「競馬ともう1回向き合ってみようかな」と思えたのは、前田オーナーのおかげですね。それがなかったら、多分今、こういう取材も受けていないかもしれない。

赤見 アーネストリーやキズナなど、これまでも縁の深かった前田オーナーが支え続けてくださっているんですね。人の温かさってすごいですね。

おじゃ馬します!

▲アーネストリーやキズナなど、前田オーナーと佐藤哲三騎手の縁は深い


佐藤 本当に前田オーナーには感謝しています。そして、ファンの人の声も大きいです。最近よく電車に乗るんですけど、「頑張ってね」って言ってもらえると、本当にありがたいなと思います。こんな風に言ったらあれですけど、数は多くはないかもしれないですけど、本当に応援してくれる人は応援してくれますしね。先日テレビやラジオに出演させてもらった時も、ありがたいお言葉をいただいて。見てくれている人は見てくれているんだなと思いました。

赤見 いやいや、哲三騎手を応援している方はたくさんいらっしゃると思います。netkeibaの掲示板にも、応援のコメントがたくさん寄せられたそうです。

『彼が諦めないならばファンが待てぬはずはなく、苦しみの時間が過去の日々となる事を心から願っているよ。/りんこうさん』(netkeibaのニュースに寄せられたコメントより)

佐藤 良いこと言ってくれますね。今は1日1日を投げずに頑張らないといけないなと。まぁ、それが意外と難しいんですけどね。いろいろな声があるとは思いますが、僕は応援してくれる人のために、馬券を買ってくれる人のためにとずっと思ってきて。そのスタンスを変えるつもりはないですし、こんな佐藤哲三を応援してもらえたらと思って、今は頑張っています。

赤見 周りの人の支えはすごく大きなパワーですね。ちなみに、主治医の先生とのご関係も長いんですか?

佐藤 ずっと同じ先生ですね。あの先生がいなかったら、多分いまだに腕は動いていないかもしれないし、片腕を失っていたかもしれないと思っています。毛細血管が2本、かろうじてついていただけでしたので。それがなかったら腕を切断することになっていたかもしれないし、手術でうまく行かなかったらやっぱり厳しい選択もしなければならなかったかもしれない。

赤見 そういう怖さも抱えていらっしゃったんですね。

佐藤 麻酔から覚めたら、腕がないかもしれないわけですからね。片腕を失うかもしれないこと、血栓が頭にまわって植物状態になる可能性があること、それに同意のサインをしないといけないんです。それが、嫌でしたね。

赤見 それは怖いですね。

佐藤 怖いです。でも、それを受け入れないと一歩も前に行けないので、すごく葛藤があって。それこそ「ジョッキーをやっていなかったら…」とも思いましたけど。でも、あの大観衆の前で1人だけ注目を浴びられるという、あれを経験した人は、またあの場所に帰りたくなるんでしょうし。自分はまだいつ戻れるのかわからないですが、最後にはやっぱり「帰りたい」ってなるんだろうなと思うんです。ジョッキーって、危険だけどそれだけ魅力がある。それも加味して応援してもらえたらなと思いますね。(第2回につづく)

応援メッセージ募集

今回出演した佐藤哲三騎手への応援メッセージを募集します。いただいたメッセージは、佐藤哲三騎手ご本人へお届けします。皆さまからの温かいご声援をお待ちしています。

東奈緒美 1983年1月2日生まれ、三重県出身。タレントとして関西圏を中心にテレビやCMで活躍中。グリーンチャンネル「トレセンリポート」のレギュラーリポーターを務めたことで、競馬に興味を抱き、また多くの競馬関係者との交流を深めている。

赤見千尋 1978年2月2日生まれ、群馬県出身。98年10月に公営高崎競馬の騎手としてデビュー。以来、高崎競馬廃止の05年1月まで騎乗を続けた。通算成績は2033戦91勝。引退後は、グリーンチャンネル「トレセンTIME」の美浦リポーターを担当したほか、KBS京都「競馬展望プラス」MC、秋田書店「プレイコミック」で連載した「優駿の門・ASUMI」の原作を手掛けるなど幅広く活躍。

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