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歴史に残る復活劇を演じた“女王”トレヴ/凱旋門賞回顧

  • 2014年10月08日(水) 12時00分


ファンから引退を望む声が挙がるようになった状況は、オグリキャップの現役最終年と重なるものがあった

 2014年の第93回凱旋門賞は、ファンの間で引退を促す声すら挙がっていた女王が演じた、歴史に残る復活劇の舞台となった。

 抜けた馬の居ない、近年稀に見る混戦と言われていたのが、今年の凱旋門賞を前にした下馬評だった。そういうメンバー構成になった背景には、縦・横・斜めに入り組んだ複数の要因があり、その1つが、今季の欧州中距離古馬戦線に出現したカオスであったことは間違いなく、その一端を担ったが、昨年の欧州年度代表馬トレヴ(牝4、父モティヴェイター)であったことは明らかであった。

 オルフェーヴルを5馬身切って捨てるというスーパー・パフォーマンスを見せたG1凱旋門賞を含めて、4戦無敗の成績を残したのが、2013年のトレヴだった。カルティエ賞欧州年度代表馬の座に輝き、ワールドランキング世界首位(豪州の牝馬ブラックキャヴィアと横並び)に立つなど、あらゆる面で頂点を極めた彼女が、実は、1歳市場で買い手がつかずに生産者が所有することになったという数奇な過去を持つ馬で、そうしたバックグラウンドストーリーを含めて、トレヴは世界の競馬ファンのアイドルとなった。

 そんな彼女が、4歳となった今季も現役に留まることがわかった時、多くのファンは熱狂し、その一方で、2014年こそ凱旋門賞初制覇の悲願達成を願う日本の競馬ファンの中は、来年もそこにトレヴが居ることを知り、なかば諦念にかられる者も少なくなかった。いずれにしても、2014年の欧州古馬中距離路線は、トレヴを中心に廻るであろうと、誰もが予測していたのが、シーズン開幕前夜であった。

 陣営がトレヴの今季初戦に選んだのは、4月27日にロンシャンで行われたG1ガネイ賞(芝2100m)だった。仏国における古馬中距離G1路線の開幕戦で、トップクラスの古馬に用意されたローテーションとしては、戦線のド真ん中を行く王道だった。

 折り悪しく泥んこ馬場が舞台となったこのレースでトレヴは、古豪シリュスデゼーグル(セン7)と一騎打ちとなった末に、競り合いに短首差敗れ、デビュー6戦目にして初めての敗戦を喫することになった。

 連勝のストップはファンにとって衝撃だったが、管理するクリケット・ヘッド・マーレク調教師は現役続行が決まった際に既に「2014年も負け知らずで行けるとは思っていない」と発言しており、ましてや敗れた相手は道悪を大得意とするシリュスデゼーグルで、しかも相手は休み明け3戦目だったのに対し、トレヴはここが6か月半振りの実戦と、敗戦を納得してしかるべき材料は数多あったのがガネイ賞だった。

 ところが、陣営が「今季前半の大目標」と明言していた次走、ロイヤルアスコットのG1プリンスオヴウェールズS(芝10F)でも、トレヴは勝つことが出来なかった。優勝したのは、前年のG1愛チャンピオンS(芝10F)でも牡馬を撃破していた女傑ザフューグ(牝5)で、しかもそのザフューグがトラックレコードで駆け抜けるという、生涯最高のパフォーマンスを見せたのがこのレースだった。一方のトレヴにとっては、このレースが初めての海外遠征で、そんな状況下で見せた勝ち馬から2.3/4馬身差の3着という成績は、さほど悲観するものではないと見る向きもあった。

 だが、その一方で、多くの関係者やファンが「今年のトレヴはおかしいぞ」と、疑問を感じるようになったのも、このプリンスオヴウェールズSだった。そのきっかけとなったのが、本馬場に出てスタート地点に向かう際にトレヴが見せた仕草だった。駆け足の歩度が全く伸びず、言葉を変えれば、ちょこちょこと小手先だけを動かしてゲートへ向かう姿が、そこには見られていたのだ。

 1歳市場で売れ残ったように、決して見映えの良い馬ではないのだが、ひとたび走りだせば、しなやかで流れるようなフットワークを繰り出すのがトレヴであったはずだ。「どこかおかしいのではないか」という声が周囲から挙がり、陣営からもまた、「どうやら背中の筋肉を傷めているようだ」との発表があって、トレヴは予定をされていたG1キングジョージ(芝12F)を回避し、じっくりと立て直しを図られることになった。

 背中だけではなく、蹄にもあった問題を解消し、トレヴがようやくファンの前に姿を現したのが、9月14日にロンシャンで行われたG1ヴェルメイユ賞(芝2400m)だった。

 調教での動きは悪くないと伝えられ、彼女の復活を信じるファンは1.4倍という圧倒的1番人気に彼女を支持することになった。更に、ライバルとなるはずだった馬たちにも予期せぬ事態が続発したため、一時は陥落した凱旋門賞前売り1番人気の座にも返り咲いていたのが、ヴェルメイユ賞発走直前のトレヴだった。

 だが、ここでもトレヴは本来の走りを見せることが出来なかった。勝ったのは、ここがG1初制覇だったバルチックバロネス(牝4)で、トレヴはこれに1馬身半遅れた4着に終わったのである。

 ここも、超スローの流れになった中、最後方から追い込むという、展開面の不利はあった。しかし、道中トレヴのすぐ前に居たドルニヤ(牝3)が、結果的にはトレヴに先着して3着を確保したことを考えると、結果だけでなく内容も、どうにも褒められたものではなかった。

 トレヴ3連敗。レースを重ねるごとに、着順も内容も悪くなる一方だった。

「トレヴは終わった」と見る関係者が多く、ファンの間からは、これ以上走らせるのは可哀そうだと、引退を望む声が挙がるようになった。状況として、私たち日本の競馬ファンからすると、オグリキャップの現役最終年と重なるものがあったのである。

 だが、陣営は諦めていなかった。

 凱旋門賞当該週の木曜日夜に現地入りした筆者に、耳打ちしてくれた関係者が複数いたのである。いわく、「ここへ来てようやく、トレヴが本来の姿を取り戻したようだ」と、囁く声が聞こえて来たのだ。

 今季のトレヴには確かに、背中の筋肉を傷めたり、蹄に炎症を起こしたりと、フィジカルな面で問題点を抱えていた。しかし、管理するクリケット・ヘッド・マーレク師が、ある意味で肉体面以上に憂えていたのが、トレヴの精神面であったそうだ。

 管理調教師がトレヴのメンタル面での変調に気づいたのは、今季初戦のガネイ賞の後だったそうだ。

 休み明けで、しかも泥んこ馬場でシリュスデゼーグルと正面切って叩き合ったガネイ賞は、ファンが素人目で見ても、非常にタフな競馬だった。あの競馬でトレヴは初めて、レースの苦しさを知ってしまったのだ。その後の2戦、最後の攻防で伸びそうで伸びなかったのは、彼女がガネイ賞の苦しさを思い出してしまったからと分析。ゲートに向かう際に、3歳時に見られたような、走ることを楽しんでいる雰囲気が失く、歩度が全く伸びなくなったのも、トレヴが競馬を楽しめなくなっていたからと、女性調教師の第一人者は検証していたのである。

 ある意味、フィジカル面の治療よりも難しいのがメンタル面の立て直しだ。だが、何かのきっかけがあれば、瞬時に解消することもあるのが、精神面の不調である。

 マ−レク師が努めたのが、トレヴの心のケアだった。

 具体的に、マーレク師がどんな手立てを講じたのかは不明だ。だが、師によれば、凱旋門賞当該週の火曜日になって、嬉々として走ることを楽しむ、かつてのトレヴが甦ったというのである。

 心身の不調を脱したトレヴが、どれだけ能力の高い競走馬であるのか、世界が目の当たりにしたのが、今年の凱旋門賞だった。77年・78年のアレッジド以来、36年ぶり史上5頭目の連覇という快挙が達成されたのだ。

 それは、世界の競馬史に燦然と輝く復活劇で、見事に馬を立て直してこれを成し遂げたクリケット・ヘッド・マーレク調教師の手腕も伝説となった。

 その場に居られたことに、心から感謝をした凱旋門賞となった。

日本人ホースマンの叡智を結集し、挑み続けることで、必ずや活路は開ける

 最後に、3頭出しで臨んだものの、いずれも掲示板を外すことになった日本馬についても、触れねばなるまい。

 異国で奮闘した3頭とその関係者の皆様には、まずはお疲れ様という声をかけたい。

 日本人ホースマンにとって悲願と言われる凱旋門賞制覇は、またも持ち越されることになった。最後の勝負手とも言われていた3歳牝馬の挑戦が実を結ばなかったことで、落胆し悲観をしているファンも多いかもしれない。

 だが、筆者はこれで、矢折れ刀尽きたわけではないと見ている。

 打てる手は、まだあると思うのだ。

 諦めてはいけないことは、今年の凱旋門賞の勝者が、身をもって教えてくれている。日本人ホースマンの叡智を結集し、挑み続けることで、必ずや活路は開けるものと確信している。

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1959年(昭和34年)東京に生まれ。父親が競馬ファンで、週末の午後は必ず茶の間のテレビが競馬中継を映す家庭で育つ。1982年(昭和57年)大学を卒業しテレビ東京に入社。営業局勤務を経てスポーツ局に異動し競馬中継の製作に携わり、1988年(昭和63年)テレビ東京を退社。その後イギリスにて海外競馬に学ぶ日々を過ごし、同年、日本国外の競馬関連業務を行う有限会社「リージェント」を設立。同時期にテレビ・新聞などで解説を始め現在に至る。

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