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凱旋門賞ひとり反省会

  • 2014年10月11日(土) 12時00分


◆日本馬が凱旋門賞を勝つ日

 毎年恒例になっている、10月初めの夢の時間が終わった。

 今年もまた日本馬が凱旋門賞を勝つことができず、ハープスターは6着、ジャスタウェイは8着、ゴールドシップは14着に敗れた。

 今回は、準備には例年同様たっぷり時間をかけたが、3頭とも現地に到着してから2週間で本番というスタイルをとった。それがはたして敗因のひとつだったのか、それとも、そうしたことによって、実は長期滞在するよりいいパフォーマンスを発揮することになっていたのかは、わからない。

 ただ、思ったのは、凱旋門賞に関しては、こういう短期滞在型の遠征は、一度でもロンシャン競馬場で実戦を経験した馬であれば、気性や体質によっては、長期滞在以上の力を引き出せる可能性があるのではないか、ということだ。

 しかし、今回は、3頭とも凱旋門賞本番までロンシャンでの実戦は未経験だった。

 3頭とも、ゲートを出てからの行き脚が今ひとつだったが、あれは、ロンシャンの馬場を走りなれていなかったからではないか。そう考えると、須貝尚介調教師が希望したロンシャンで追い切りが受け入れられなかったのは痛かったのかもしれないが、やはり、追い切りは追い切りだ。競馬の流れのなかで加速し、トップスピードまで持っていく経験をしておけば、少なくとも道中の位置取りは変わっていたように思う。

 特に、ジャスタウェイは、福永祐一騎手が直線まで完璧にエスコートし、「脚があれば勝てる競馬」をしていただけに、こうしたタラレバを言いたくなってしまう。

「チームジャパン」は何十年も試行錯誤を繰り返しているわけだが、やはり、現地の環境に慣れる時間を長めにとり、ロンシャンで前哨戦を使ってから本番に臨むほうが、総じていい結果につながりやすいというか、力を少しでも引き出せる確率を上げることができるようだ。

 だからといって、ポッと行って、ポッと使った今回の遠征が無意味だったと言うつもりはない。

 国内でも、かつては、例えば90年のスプリングステークスで2着になった関西馬のナリタハヤブサがそのまま美浦に残って皐月賞とダービートライアルのNHK杯を使ったり、92年の安田記念に向けてムービースターが栗東から早めに東京競馬場に入厩して競馬場で追い切りを行ったりと、中・長期滞在でアウェーのレースに臨むケースもままあった。その後、「ストレスを受ける時間(=遠征に出ている時間)を極力短くする」というコンセプトから、直前輸送全盛時代に突入したのだが、また最近になって、早めに栗東トレセンに入厩して調整する「栗東留学」で結果を出す馬が出てきたりと、中・長期遠征をよしとしたり、短期遠征をよしとしたりと揺れている。

 どちらがいいのかの答えはおそらく出ないだろう。

 前回ここに書いたように、いつか日本馬は凱旋門賞を勝つ。しかし、今回のようにポッと行って勝つのは、日本馬が一度凱旋門賞を制してからのような気がする。

 90年代の初めぐらいまでは、そんなふうにポッと来日した外国馬にジャパンカップを勝たれていた。それも、その国の本当のトップホースではない馬たちに。

 だが、今、英愛仏米のトップホースでも、日本にポッと来てジャパンカップを勝つことはできなくなった。

 馬の力の差はなくなった。

 チームジャパンにとって、凱旋門賞で「壁」となっているのは、欧州勢が持つホームのアドバンテージだけだ。

 ディープインパクトやオルフェーヴルのような化け物でようやく勝負になるレース、というのは、確かに間違いではない。が、2010年に2着になったナカヤマフェスタは、その年の宝塚記念を勝った一流馬ではあったが、日本のチャンピオンではなかった。それでも、ものすごく惜しい頭差の2着に来たのは、二ノ宮敬宇調教師をはじめとする陣営の戦い方がよかったのだろう。

 また、凱旋門賞を勝つのは、毎年必ずしも、どうにもならないほど強い馬、というわけでもない。意外な、と言っては失礼かもしれないが、能力的に無理だと思われた馬が勝つ年もある。そういう年にたまたま日本馬が走っていれば勝ってもおかしくないわけだが、その「たまたま」を現実にするためにも、チャレンジしつづけることが必須条件になる。

 今週の「週刊ギャロップ」で、JRAの後藤正幸・新理事長が、凱旋門賞など海外レースの馬券発売に関して、「いろいろと知恵を絞りながら実現に向けて頑張っていきたいと思っています」と発言している。

 法改正が絡むのですぐにできることではないが、もし実現すれば、ファンも関係者も日常的にヨーロッパの競馬を真剣に見るようになる。そうなると、今はまだみなが受け入れ切れていない感のあるカテゴリー1の降着ルールを適用している国の競馬を数多く見ることになり、

 ――ああ、これじゃあ審議にもならないだろうな。

 などと、納得できるようになるのではないか。そんなふうに、いろいろなことのバランスがとれてくるかもしれない。

 その日が来るのと、日本馬が凱旋門賞を勝つのとどちらが先になるのだろう。後者になることを願いつつ、ともに夢を追いかけていきたい。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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