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尾関知人調教師/阪神JF『女傑マックスビューティの血を引くココロノアイでGIを』

  • 2014年12月11日(木) 12時00分
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▲自ら命名した“ココロノアイ”、尾関調教師が阪神JFへの手応えを語る!


「粗削り」という言葉を思わず使いたくなるようなレース振りで、アルテミスSを制したココロノアイ。スタートで出遅れ、途中からハミを取って外を通って掛かり気味に3番手まで上がっていく。道中脚を使えば、直線では余力はないのが普通のように思えるが、そこからのココロノアイは実にしぶとく、後続の追い上げを振り切って先頭でゴールインしたのだ。確かに「粗削り」という表現が合うのだろうが、その一言では到底片づけられないほどの奥の深さと素質の高さを感じさせた。血統をたどれば、桜花賞、オークスを勝った名牝マックスビューティに行きつく。ココロノアイの生まれ故郷の酒井牧場は「砂の女王」と呼ばれ、ドバイで非業の死を遂げたホクトベガの生産牧場でもある。ホクトベガと言えば、ココロノアイの手綱を取る横山典弘騎手とのお手馬でもあった。数々のドラマを秘めた同馬について、管理する尾関知人調教師に話を聞いた。(取材・文:佐々木祥恵)

師が命名した“ココロノアイ”


 尾関がココロノアイを初めて見たのは、当歳の時だった。それ以降、入厩まで折に触れて牧場に足を運んで成長を見守ってきた。

「最初見た目だけでどれだけ走るかというのは、なかなか判断はできませんけど、整った馬だなと思っていました。ステイゴールドの牝馬は小さく出る場合もありますが、その中ではそれほど小さいというわけではなかったですし、その点では安心感がありましたね」

 桜花賞、オークスを圧倒的な強さで制したマックスビューティが曾祖母という血統背景も魅力だ。

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▲1987年4歳牝馬特別優勝時のマックスビューティ


 小学生の時から競馬ファンだった尾関は、マックスビューティのレースもテレビで観戦していた。頭の高い走法ながら、神戸新聞杯で牡馬を蹴散らした男勝りの走りは、尾関には印象深かった。母となったマックスビューティが遺した産駒の中で、牝馬は祖母にあたるマックスジョリーの1頭だけ。そのジョリーがただ1頭産んだ娘が、ココロノアイの母・ビューティソングなのだ。

「デビュー前から良い馬、走る馬と思っていましたので、祖母のマックスジョリーの主戦だった柴田政人(現調教師)先生に話を聞いたところ、祖母はズブいところがあったようですね」

 リアルシャダイを父に持つマックスジョリーは、桜花賞、オークスともに3着と善戦したものの、重賞を勝てないまま引退する。そしてビューティソングを出産した時の事故で、若い命を落としたのだった。ジョリーの忘れ形見の娘にはビューティソングという美しい名前がつけられた。

 実は、ココロノアイと命名したのは尾関であった。父のステイゴールドは、スティービー・ワンダーの曲名が馬名の由来となっていた。そして母の名がビューティソングと歌が関係している。この2点から、スティービー・ワンダーの「心の愛」という名曲が連想されたのだという。いかにも牧場時代にバンドのボーカルをしていた音楽好きな尾関らしい馬名だ。そしてドラマを秘めた血統背景と相まって、自ら名付け親となったことで、尾関にとってココロノアイは思い入れ深い1頭となった。

オークスを逃げ切るくらいのスタミナ


 美浦トレセンに入厩したのは6月初旬だった。ゲート試験もスムーズにクリアし、しごく順調に調教を積んで、7月19日に福島競馬場でデビューする。

「元々牧場での評価も高くて、その流れでこちらに来てからも良い動きをしてくれていました。ウチの厩舎としては、入厩してからデビューまでの期間は短い方でしたね」

 だがデビュー戦では

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GIの注目馬にスポットを当て、主戦騎手や管理調教師を独占取材するnetkeibaのスペシャルインタビュー。GIに向けた意気込みや中間の調整過程、レース後に直撃し、戦いの舞台裏にあった知られざる真実を語っていただきます。

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