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ジェンティルドンナのすべてが生きるような流れになった/有馬記念

  • 2014年12月30日(火) 18時00分


年によって5秒も6秒も勝ちタイムが変わるのは別次元の有馬記念だけである

 5歳牝馬ジェンティルドンナ(父ディープインパクト、母ドナブリーニ)が、引退レースとなった有馬記念で7つ目のGIを制し、歴史的なチャンピオン牝馬のまま競走生活を終えた。

 牝馬限定の「桜花賞、オークス、秋華賞」だけでなく、世界でもトップランクの牡馬オルフェーヴル、ジャスタウェイ、シリュスデゼーグル…などを倒し、「ジャパンC2回、ドバイ・シーマクラシック、有馬記念」を含めての7冠制覇である。すごい記録である。全19戦の獲得総賞金は17億円を超え、テイエムオペラオーに次ぐ史上2位となった。

 1番人気で4着に沈んだジャパンCのあと、石坂調教師はすぐさま「有馬記念に行きます」と表明した。このコラムでも、このまま引退となっては物足りなさが残る。未練もある。その気持ちはオーナーサイドにも理解を得られるだろう。ファンにとっても、有馬記念でもう1回、ジェンティルドンナの挑戦と時間をともにできるのは大歓迎である。12月の中山が走りやすいコンディションであることを願う。というような拙文を書いた気がする。オーナーサイドは決断を石坂調教師に任せたといわれる。

 馬場改修後の中山の芝は傷んでいなかった。公開の枠順抽選で、田中将大投手はジェンティルドンナに指名順位1番の権利をプレゼントした。パドックのジェンティルドンナは、クビを大きく上下に振って、少女のようにスキップしてみせた。レースは、まるでジェンティルドンナの勝負強さと無上の切れがすべて生きるような静かな流れになった。戸崎騎手は、もっとエピファネイアとの間隔を詰めてもいいのに、あえて動かず、さらにジェンティルドンナに合う状況を作った。

 日が落ちて寒さの増した中山競馬場で、4万人ものファンが引退するジェンティルドンナを送った。ごきげんなジェンティルドンナは、今度は尻っぱねして、これで引退となるのはまだ知らないようだった。

 1990年、引退レースとなった有馬記念を制したのは、オグリキャップである。ジェンティルドンナと同じように4番人気だった。あのときも確か、同日の同距離の条件戦よりずっと緩い流れになり、有馬記念の方がかなりタイムが遅かった。

 ジェンティルドンナの有馬記念は、道中「13秒台」のラップが3回も生じ、バランスは、「前半1200m1分16秒4-(6秒6)-後半1200m1分12秒3」。前半が4秒以上も遅い超スローとなり、勝ち時計は2分35秒3である。

 7レースのグッドラックH(1000万下)の勝ちタイムが2分33秒8だから、あまりにも「変ではないか」となりそうだが、有馬記念の中山の2500mほど不思議なレースはない。どんな流れだってありえる。有馬記念レコードは2004年、タップダンスシチーの逃げをゼンノロブロイが交わした「2分29秒5」。先行=逃げ馬の1〜2着だった。

 オルフェーヴルが素晴らしい爆発力を発揮して勝った2011年の有馬記念は、今年よりもっとスローながら、追い込み=差しの1〜2着で、時計は「2分36秒0」である。エース級が勢ぞろいし、同じ良馬場で、年によって5秒も6秒も勝ちタイムが変わるのは、中山2500mのグランプリだけである。ただし、九十九里特別はこうはならない。有馬記念は、別次元なのである。

「ああ、またダイタクヘリオスとペースを無視して競っている」とみえたメジロパーマーが、実はスローで逃げ切ったり、3コーナー手前からまくって出て差し切ったとみえたら、寸前、バテたはずの先行馬に差し返されたりする。有馬記念にはラップ分析も、展開予想も、ランキングも関係ないことが多い。もう競走生活を終えるべき時期にきたから引退を決断した馬が、鮮やかに最後を飾るくらい平気である。あのオルフェーヴルだって、必死だった凱旋門賞で2回も2着に負けながら、1番強かったのは最後の引退レースになった有馬記念である。

 正攻法のアプローチで挑戦し、納得のいかない結果が出ても、有馬記念だけは仕方がない。ジェンティルドンナの4番人気は、結果が出てさえ順当な人気順であり、「このままでは終われない。こんななはずはない」。そう信じた人びとに、勝利の神様がほだされたのかもしれない。よって、負けた人馬にきびしいレース評は、だれもすることはできない。「もうちょっと、なんとかならなかったか…」。有馬記念だから、どうともならなかったかもしれないのである。

 1番人気で3着にとどまったゴールドシップ(父ステイゴールド)は、身も軽くなんだってできた少年時代は別に、古馬になって数々のビッグレースを勝つようになって以降、上がり3ハロン「33秒9」は自身の最高記録である。もっと早くスパートして先頭に立ってしまえば、そうなれば負けないのがゴールドシップだろうが、残念、岩田騎手はまだ2度目の騎乗だった。

 2番人気のエピファネイア(父シンボリクリスエス)は、独走したジャパンCより道中の追走はずっとスムーズで、3コーナーあたりでは「どうぞ勝ってください」の状況だった。バテたわけではない。もっと力の競馬にすれば良かったのだろう。結果は、楽すぎたかもしれない。この馬もゴールドシップと同じで、ゴール寸前に坂のある阪神や中山では、上がり34秒台中盤は精いっぱいの記録である。しかし、川田騎手はテン乗りだった。

 一方、ジャスタウェイ(父ハーツクライ)は外枠もあって最初から流れに乗れず、外々を回らされる形だった。直線外から一気に伸びたが(上がり33秒4はNO.1)、ジャスタウェイはここが引退レースである。勝って最後を飾りたい。しかし、種牡馬入りの決まっているチャンピオンを大事に乗るのは当たり前のことで、しいていえば、福永騎手は優しすぎたかもしれない。

 大事に乗りすぎたというなら、フェノーメノの田辺騎手も同様で、2コーナーから「13秒6-13秒2-13秒0」=39秒8という信じ難いスローになった地点で、いつもだったら黙っていられなかったろう。フェノーメノもまた、大一番でテン乗りだった。

 ジェンティルドンナの戸崎騎手を、エピファネイアを追いかけない好騎乗と称えたが、それは結果論で、超スローを分かっていた戸崎騎手も、それでもジェンティルドンナにあまり負担はかけられないから、大事に、大事に乗っていたという見方だって否定できない。1000万特別より「1秒5」も遅いレースであり、それがたまたま大正解だったのかもしれない。

 若い3歳馬にとっては、ビッグネームと対戦できる有馬記念は飛躍のチャンス。トゥザワールドは、母トゥザヴィクトリーや、全兄トゥザグローリーが快走したのが有馬記念という適性もあったが、これまでとは一変のゴール前の伸びだった。来季の展望は開けた。流れや、距離はともかく、ゴールドシップ、ジャスタウェイ、エピファネイアに見事に先着したのである。4歳ラストインパクトも同じ。道中もまれて苦しい形になったが、最後の直線は目をひく伸び脚だった。さらにパワーアップするだろう。

 有馬記念の最近30年間の勝ち馬は、1〜5番枠が10勝(148頭)。6〜10番枠が14勝(147頭)。11〜16番枠が6勝(99頭)であり、勝率にすると決して内枠有利ではないのだが、各馬の選んだのは内枠から順番だった。指名順位は「ファン投票順」にするとか、賞金獲得額順を併用するとか、単なる抽選の順番ではあまり意味がないのではないか、という声があった。

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1948年、長野県出身、早稲田大卒。1973年に日刊競馬に入社。UHFテレビ競馬中継解説者時代から、長年に渡って独自のスタンスと多様な角度からレースを推理し、競馬を語り続ける。netkeiba.com、競馬総合チャンネルでは、土曜メインレース展望(金曜18時)、日曜メインレース展望(土曜18時)、重賞レース回顧(月曜18時)の執筆を担当。

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