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『引退名馬繋養展示事業』―1頭でも多くの馬に安心できる余生を

  • 2015年03月31日(火) 18時01分
第二のストーリー

▲引退名馬として余生を過ごしているウィナーズサークル


命をつなぐ助成金、条件緩和でより明るい未来を


 競走馬を引退した後、馬たちはどうなるのだろうか。競馬を見始めたばかりの頃はそこまで考えが及ばなかった。だが競馬の仕組みを理解するにつれ、馬たちのその後について、疑問が湧いてきた。中央競馬の競走馬登録を抹消される馬たちの用途は、繁殖(種牡馬、繁殖牝馬)、地方競馬、乗馬、研究、使役となっている。では地方競馬を引退したその先は? 考え出すときりがなかった。

 ここ数年、軽種馬の生産頭数は、7,000頭前後。多い頃は10,000頭を超えた。繁殖として供用されるのは一部の馬だし、毎年の生産頭数や日本の乗馬人口を考えると、引退後のすべての馬が日本のどこかで養われているということが現実的ではない。それに気付くまで、そう時間はかからなかった。

 やがて繁殖として供用されていても、その用途が変更された後に行方不明となる馬がいるという事実、例え乗馬となっても、乗馬として長きに渡って活躍できない事実を知った。

 1977年の皐月賞馬ハードバージを、偶然訪ねた北海道のとある乗馬クラブで目にしたのは、25年以上は前のことだ。その乗馬クラブから観光地に移動した後、使役馬として使用されて斃死したと知ったのは、確か「サラブレッド101頭の死に方(2)」(アスペクト)という書籍だった。GIを初めとする重賞勝ち馬でさえ、余生は約束されていない。ハードバージの死は、乗馬クラブで実際に会っている私には衝撃的だった。

 乗馬クラブにいた頃に、自分が何らかの声を上げて行動を起こしていたら、ハードバージの余生は違ったものになっていたのかもしれないという思いは、しこりとなって私の中に残った。以来、競馬を楽しみながらも後悔の念に苛まれ、人間のために走っている馬たちに対して、常に後ろめたさが付きまとうようになった。この事例がすべてとは言わないが、ハードバージという皐月賞馬の死があかるみに出たことは、引退した名馬たちの余生に光が当たる1つの契機となったようにも思う。
 
 1996年、JRAの関連団体である「軽種馬育成調教センター(BTC)」が「引退名馬繋養展示事業」を実施すると発表した。これにより、中央競馬の重賞勝馬(のちに地方競馬のダートグレード競走勝馬も含まれるようになる)で、中央競馬、及び地方競馬の馬名登録を抹消している馬、繁殖登録を抹消している馬、乗馬として使用されていない馬について、所有者が申請をすれば、ファンへの公開を条件に助成金が交付されるようになった。

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 この制度により、競馬や繁殖、乗馬の第一線を退いた馬たちの余生に道が開けたと言っても良いだろう。

 助成金額は中央競馬重賞勝馬で1頭月3万円、地方競馬のダートグレード競走勝馬は1頭月2万円だったが、2012年から中央競馬重賞勝馬で1頭月2万円、地方競馬のダートグレード競走勝馬は1頭月1万円に減額された。さらに助成対象馬の年齢が14歳以上と、それまでなかった年齢制限も設けられた。

 助成金の減額と年齢制限は、高齢まで生きる馬が増え、さらに申請する馬の頭数も増加する中、決められた予算内で事業を継続するためでもあったが、これには引退名馬を繋養する各所やファンから、引退馬の未来を心配する声が上がった。
 
 2013年1月からは、事業の管轄が公益財団法人ジャパン・スタッドブック・インターナショナル(以下、JAIRS)に移行した。助成金の原資は、日本中央競馬会からの助成金、及び競馬関係団体等からの寄付金の2本柱となっており、競馬サークル全体で支えていくという仕組みになっているという。さらに2013年、14年と2年間事業を実施してきた実績を踏まえて、事業の見直しも行っている。それにより2015年から、3点の改善がなされている。

 まず助成対象となる馬の年齢が、14歳以上から10歳以上へと緩和された。14歳以上という制限があると、繁殖や乗馬としての適性がなかったり、故障等があって乗馬としての仕事ができない馬たちが路頭に迷うことにもなりかねない。そういう意味からも、年齢制限の変更は、引退馬を繋養する各所などからも好意的に受け取られているようだ。ちなみに2015年度は28頭の新規申請馬がいたが、うち13頭が年齢の引き下げによるものであった。

 次に助成対象馬を決定する機会を、これまでの年1回から2回に増やした。決定する機会が年に1回だと、その時を逃すと助成対象となるまで1年近く待たなければならないケースも出てくる。つまり助成対象馬の募集期間が終わった後に競走馬や繁殖、乗馬を引退した馬の場合、翌年の募集時期まで待たざるを得ないわけだが、少しでも早くサポートが受けられるように、助成対象馬の審査、及び交付決定を年2回実施することにした。

 2015年度の前期分の申請は昨年11月に締め切られ、その後、調査等を行って交付決定がなされた。ちなみに後期分は3月末で締め切られ、再び調査が行われる。年齢や重賞勝ちがあるか等、条件に該当しているかなどの基本的なことから始まって、所有者と電話連絡ののちに現地に赴いて実際に対象の馬かどうか、さらには建物や厩舎など施設等を直接確認するなどの調査をし、事業内容を満たしていれば助成対象馬となるとのことだ。

 3点目の改善は、特別の助成金の支給だ。これは20歳、25歳、30歳という年齢の節目を迎えた対象馬の所有者に、10万円の助成金を支給するというものだ。医療費が嵩みがちな高齢馬を管理する上で、少しでも役立つようにという考えのもと、特別の助成金が支給されることとなった。ちなみに2015年度前期は、30歳が2頭、25歳が15頭、20歳が20頭、そして本年度に限り31歳以上の馬6頭(31歳と32歳がそれぞれ3頭ずつ)に10万円が支給された。

 これら3点が改善されたのは、JAIRS側が競馬関係の各団体や会社等を回って得た寄付金によるものが大きい。JAIRSに管轄が移ってから2年が経過したが、それぞれの年で寄付金は400〜500万にのぼり、これにより事業を拡大できたとのことだ。一時的に後退しかけたように見えた事業だが、ここに来て改善されたことで、引退馬の今後が明るくなったとも言えそうだ。

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▲引退名馬を繋養している牧場は全国各地に


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▲GIを優勝した引退名馬の一覧、ウイニングチケットやヒシミラクルなどの名前が並ぶ


 ファンが名馬たちに会いに行きやすいよう、そして馬たちについてより多くの情報が得られるような工夫もなされている。例えば「引退名馬」のホームページ(meiba.jp)上では、名馬たちのプロフィールや繋養先への行き方や連絡方法、見学条件などの情報が閲覧できるし、繋養場所に行きやすいような地図や、牧場近辺の風景や建物等、目印になりそうな写真も掲載されている。またJAIRSの職員が、助成対象馬の調査に行った際に撮影した写真や動画も公開されている。

 facebookも開設されているが、こちらでは名馬たちの情報を得る以外に、facebookの利用者が引退名馬のfacebookで得た情報を外に向けて発信してくことで広がりを見せ、競馬ファンだけではなく一般の人々にも引退馬についての情報を知ることができるという効果もあるようだ。

 これまでは馬の繋養先が不明だったり、亡くなったという情報がないなど、引退した後の馬たちの動向はわかりづらい面があったが、この事業や公益社団法人日本軽種馬協会が運営する「競走馬ふるさと案内所」によって、競走馬登録抹消後、あるいは繁殖からの用途変更後、乗馬を引退した後の馬たちの動向を追いやすくなってきたのは事実だろう。

 できれば将来的には助成金額の増額も期待したいところだが、まずは私たちファンを楽しませてくれた馬たちが、1頭でも多く安心して余生を過ごせるよう、この「引退名馬繋養展示事業」が今後長く安定して継続していくことが重要となってくるものと思う。

 そして今後すべての馬とは言わないが、重賞勝ち馬だけではなく、より多くの馬たちの引退後の現状を知ることのできるシステムが構築されてほしいと、1人の競馬ファンとして希望したい。と同時に、1ファンとして馬たちの余生のためにできることを、今後も模索していきたい。

(取材・文・写真:佐々木祥恵、画像データ提供:JAIRS)



公益財団法人ジャパン・スタッドブック・インターナショナル
引退名馬HP
http://meiba.jp/

引退名馬facebook
https://ja-jp.facebook.com/intaimeiba

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北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。

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