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【ダービー企画】外国産馬として初めてダービーに出走したルゼル/動画

  • 2015年05月26日(火) 18時01分
第二のストーリー

▲今週はダービー特別企画、クロフネとともにダービー出走を果たしたルゼル


田村師「たくさんのことを教えてくれた馬」


 2001年は外国産馬にも日本ダービー(GI)への出走が制限付きで開放された年であった。この年、ダービー出走するための規定をクリアした2頭の外国産馬が、日本ダービーへと駒を進めている。1頭が芦毛のクロフネ、もう1頭がルゼルだった。

 ルゼルは、1998年5月7日にイギリスで生まれた。父Zafonic、母Schezeradeという血統の同馬は、生まれ故郷のイギリスからはるばる日本にやって来て、美浦の田村康仁厩舎の管理馬として、2001年1月8日に中山競馬場でデビューした。今は亡き後藤浩輝元騎手が手綱を取り、単勝1.8倍の断然の1番人気に応えて初戦を飾った。

 陣営が2戦目に選択したのが東京競馬場でのセントポーリア賞だったが、ここでも1番人気に見事に応えた。2連勝で阪神競馬場のすみれS(OP・2着)、毎日杯(GIII・4着)と関西圏に続けて遠征したが勝ち星は挙げられず、マル外であるルゼルが日本ダービーに出走するには、トライアルの青葉賞に優勝しなければならない状況になっていた。

「青葉賞(GII)への調整はとてもうまくいっていて、レース週の水曜日に追い切りをかけたら、調教助手の町田が『勝てるかもしれないです』と僕に言ってきたんですよ。それが本当に勝ってくれて…」と、田村康仁調教師は懐かしそうに当時を振り返った。

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▲青葉賞を優勝したルゼル(撮影:下野雄規)


 ルゼルがトップでゴールイン後、検量室前で涙する田村師の姿が今でも脳裡に焼き付いているが「初めて重賞を勝った嬉しさや、ダービーに出られるという嬉しさがありました。あの頃は僕もまだ若かったですし、オーナーに良かったですねということよりも、自分が嬉しくてというのがあったと思うんですよ。まだ開業したてで余裕のない時期でしたから、今とは全く気持ちが違いますよね。そういう意味も含めて、たくさんのことを教えてくれた馬でした」(田村師)

 そして迎えた日本ダービー。ルゼルは4番人気に推されたものの、14着という結果に終わった。

「青葉賞に勝たないとダービーに出られないという状況でしたから、あそこ(青葉賞)で目一杯に仕上がっていました。青葉賞後は、ダービーに向けて体調が下降してきているのを引き留めるのが精一杯でした。その点では、あの馬には可哀想なことをしたと思っています」(田村師)

 その後のルゼルは、脚元の不安から長い休みに入った。復帰戦は2004年1月のAJCC(GII)。日本ダービー以来、およそ2年8か月振りレースは、ハナを切ったものの8着。その後、ダイヤモンドS(GIII・8着)、札幌日経OP(OP・10着)と2戦したが、3歳春の輝きを再び取り戻すことができずに、その年の9月に現役を退いた。

 引退後は、北海道浦河町のディアレストクラブで乗馬となり、去勢されないまま第二の馬生を送っていたが、生産者から多くの要望が寄せられたこともあり、2007年にレックススタッドで種牡馬入りする。

 2007年16頭、2008年は6頭、2009年に4頭と種付け実績を残しているが、残念ながら目立った産駒を出せずに種牡馬生活にも終止符が打たれた。

 競走馬から乗馬、乗馬から種牡馬、そして再び用途変更となったルゼルは、北海道から茨城県阿見町の武田牧場に移動する。2012年12月から軽種馬調教育成センター(現在はジャパン・スタッドブック・インターナショナルに管轄が移る)の引退名馬繋養展示事業から助成金を受けて、2005年の目黒記念(GII)勝ち馬のオペラシチー(セン)とともに余生を送っていた。

 しかし、武田牧場の閉鎖にともない、ルゼルは2014年10月に長野県軽井沢町にある土屋乗馬クラブへと居を移した(オペラシチーは福島県南相馬市の星厩舎に移動。現在14歳)。


「あのルゼルかと一瞬構えました」


 日本ダービーにおけるマル外開放元年、クロフネとともに外国産馬として初めてダービーに出走したルゼルに会うために、軽井沢に向かったのは5月22日だった。途中道に迷って別荘地を横目に行きつ戻りつしていたが、「土屋乗馬クラブ」という矢印付きの看板をやっと見つけてホッとする。

 矢印に導かれて進んで行くと、馬場が目に入ってきた。その中には5頭のサラブレッドがゾロゾロと列をなして、黙々と歩き続けている。スタッフの堀内ひとみさんが「1番後ろを歩いているのが、ルゼルですよ」と教えてくれた。ちなみに栗毛の顔に大きな作がある馬が、2003年の中山グランドジャンプ(JGI)優勝馬、ビッグテースト(セン17)だ。

 群れから離れたところに、ハフリンガー種のマイクとアパルーサ種のギンガがいる。馬は群れる動物だが、品種が違うせいなのか、マイクとギンガはサラブレッドたちには目をくれようともしない。「彼らには、何か考えがあるのでしょうね(笑)」と堀内さんも笑っている。

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▲ハフリンガー種のマイク(左)とアパルーサ種のギンガ(右)


「良い馬がいるのだけど大事にしてくれるならと、知人から紹介されました」と、土屋乗馬クラブ代表の土屋興三さんは、ルゼルがこの地にやって来た経緯を教えてくれた。土屋さんは地方競馬で競走馬を走らせている馬主でもあり、現在、土屋乗馬クラブで乗馬となっているシナノカイザー(セン10・父ユートカイザー 母レディホーク)は、土屋さんの所有馬として南関東で走っていた。

 昨年秋、ルゼルが土屋乗馬クラブに到着した時の様子を尋ねてみると

「馬運車から降ろして引いて歩いている時に、馬名がルゼルだと初めて聞いたんですよ。その瞬間怖くなっちゃって。クロフネとも一緒に走っていて覚えていましたから、あのルゼルかと一瞬構えました(笑)。やばい! GII馬が来ちゃったと(笑)」と、堀内さんは、最初の出会いを楽しそうに話した。

「ボーッとしているということはなかったですけど、特に物見もなかったですし、『僕、ここに連れて来られちゃった』(笑)みたいな感じで平然としていましたね」(堀内さん)

 GII馬だとわかって慌てる堀内さんをよそに、ルゼル自身は新しい環境をもわりとすんなり受け入れたようだ。

「青葉賞の前に関西にも遠征しましたが、全くへこたれずにタフで丈夫な馬でした」と現役時代のルゼルを評した田村師の言葉を堀内さんに伝えると「丈夫、ホント丈夫!」と打てば響くような答えが返ってきた。昨年10月の去勢手術後も何の問題もなく、至って健康に毎日暮らしているようだ。

ルゼルが恋した相手は…


 青葉賞で見事に逃げ切り勝ちを収めたルゼルだが、ここではまだ新入りということもあり、馬場内では群れの最後方をついて歩いている。そんなルゼルが、恋をしているとは想像だにしなかった。

「芦毛のホワイトリカーという馬を、ルゼルはなぜか女の子だと思い込んでいるんです(笑)。リカーに対して、オスとしてのアピールをするんですよ(笑)」と堀内さん。ルゼルに惚れられたホワイトリカーは、年齢も種類も馬名も不詳。わかっているのはセン馬だということだけだ。

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▲ルゼルに惚れられたセン馬のホワイトリカー


「どこかで誘導馬をしていたという噂もあるのですがが、はっきりしたことはわからないんです。アラブが若干入っているのではないかと。これもあくまで予測ですけど。年齢は恐らく17歳から23歳くらいの間ではないかと幅の広い計算をしています。ただ20歳になっていれば、もう少しい顔に皺が出て来るのではないかとも思うんですよ。名前がわからないので、芦毛だしホワイトリカーとお酒の名前をつけました(笑)。すごく大人しいんですよ。台車をゴロゴロ転がしながら、リカーの横を通っても平気なんです」(堀内さん)

 白い馬体が好みだったのか、それとも台車が近くを通っても動じない様子に惹かれたのか、ルゼルがホワイトリカーに恋をした本当の理由はわからない。そもそもなぜルゼルが、セン馬を牝馬だと思い込んだのかも、馬語がわからないので謎のままだ。

 堀内さんは「2頭を放牧してみましょうか」と、ルゼルとホワイトリカー、そして恋愛には関係ないビッグテーストも一緒に馬場に放してくれた。最初は静かに3頭で歩いていたが、そのうちルゼルが執拗にリカーのお尻を追いかけはじめた。群れのボスだというビッグテーストが、『やれやれ』という感じで2頭から離れるほど、ルゼルはしつこい。

 途中、なぜか3頭は柵のそばに集まり、顔を寄せ合った。そこでルゼルはビッグテーストに恋の相談でもしたのであろうか。「こいつ、しつこ過ぎてあかんわ」とでも言いたげに、ビッグテーストが鼻に皺を寄せて呆れた表情をしたのが面白かった。

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▲大好きなホワイトリカーと一緒に歩くも、内心迷惑?


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▲まだまだリカーのそばを離れないルゼル、後は群れのボスのビッグテースト


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▲何故か3頭で集まる、ルゼルはビッグに恋の相談?


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▲ルゼルの執着心に「こりゃあかん」とビッグも呆れ顔?


 再び、ルゼルとリカーは馬場内を歩き出した。初めはさりげなくルゼルを交わしていたリカーも、あまりの執拗さに、時折尻っぱねして追い払おうとする。リカーが走るとルゼルも走る。「追いかけると相手は逃げる」という恋の法則をルゼルに耳打ちしたくなるほど、リカーに対するルゼルの執着心は強烈だ。

 あの仕草や表情を見る限り、リカーがルゼルの情熱に応えることはなさそうだが、ルゼルは全くそれに気づいていない。「頭が良くて、学習能力が高い馬でした」と田村師は話していたが、こと恋愛に関しては、その高い学習能力も発揮されずにいるようだ。気の毒だが、ルゼルの片思いは永遠に続くものと思われる。


 今年で17歳となったルゼルの健在振りを、田村師に伝えた。

「あの馬は一生忘れることのできない馬ですし、ルゼルの写真は家に大切に置いてあります。今も元気に暮らしているというのは、本当に嬉しいです。これからも可愛がってもらいたいですね」

 そう語った師の笑顔は優しかった。

 14年前の第68回日本ダービー。東京競馬場に響き渡る大歓声の中、緑のターフの上を力の限り駈け抜けたルゼルは今、芦毛のセン馬に報われぬ恋をしながらも、軽井沢の地でのんびりと余生を過ごしている。(つづく)

(取材・文・写真:佐々木祥恵)


※ルゼル、ビッグテーストは見学可です。
土屋乗馬クラブ
〒389-0111
長野県北佐久郡軽井沢町長倉3287
電話 0267-45-0757
時間 9:00〜17:00
直接訪問可

※土屋乗馬クラブのHP
http://tsuchiyajouba.m.web.fc2.com/

※引退名馬 ルゼルの頁
https://www.meiba.jp/horses/view/1998110097

※引退名馬 ビッグテーストの頁
https://www.meiba.jp/horses/view/1998101747

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北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。

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