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【調教の新トレンド!栗東編】「半マイル調教」導入 池江泰寿厩舎が牝馬GI初制覇

  • 2015年06月09日(火) 18時01分
東京競馬場の5週連続GIも終わり、残すビッグレースも宝塚記念のみ。この春のGI戦線、最も目を引いたのは堀厩舎の大活躍でしょう。皐月賞、ダービー、安田記念に、海外GIも勝利という堂々の実績。そしてもうひとつ、池江厩舎がオークスで牝馬GI初制覇。実はこの活躍の裏には、ある共通点がありました。それが『調教』です。結果を出している厩舎は、調教に工夫があったのです。時代とともに変化している調教。従来のスタイルと変遷、そしてトップ厩舎が取り入れている話題の“半マイル調教”とは。調教の新トレンドを、美浦・栗東の両トレセンから2日間連続でお届け。調教の“今”が見えてきます!

(栗東担当:調教Gメンこと井内利彰氏/美浦担当:馬サブロー・加藤剛史記者)



■栗東編■

DWがなくなったことによる変化◆


 栗東トレーニングセンターにおける、近年の調教馬場の大きな変化といえば、2009年10月、Dコースに新設されたニューポリトラック馬場。それ以前に敷かれていたウッドチップがなくなったことは個人的に衝撃でした。というのも、Dコースのウッドチップ馬場(いわゆるDW)はこれまで数々のGIホースを送り出した調教馬場だったから。

 最も有名なのは、池江泰郎厩舎で管理されたディープインパクトでしょう。私にとって、この馬の追い切りをライブで見ることができたのは大きな財産。あの小さな体が躍動した走りは今でも鮮明に覚えています。

 ちなみにDWで追い切ってGIを勝った馬はブエナビスタ(桜花賞、オークス)やドリームジャーニー(宝塚記念)などがおり、年間で、のべ7頭前後のGIホースがいました。

 ところが、ポリトラック馬場(DP)に変更されてから、GIを勝った馬はローズキングダム(朝日杯FS)とビッグウィーク(菊花賞)の2頭だけ。DWに比べて、追い切り頭数が大きく減少したということはあるにせよ、利用頭数が減ったということは、それだけ利用価値が低くなったと考えるべき。DPでの追い切りが効果を発揮するレースもありますが、基本的にGIで通用する追い切り場所でなくなったことは間違いないでしょう。

 DWがなくなったことで、栗東所属馬のGIホースは坂路もしくはCコースのウッドチップ馬場(CW)で追い切りを行った馬がほとんどを占めました。

 特に坂路追い切りの躍進が目立ち、2012年は平地GIの22レース中、のべ15頭の優勝馬が栗東坂路で最終追い切りという状況になります。このまま、坂路の独占が続くかに思えましたが、追い切りのバリエーションが豊富なCWが盛り返してきます。

CW追いのバリエーション


 坂路馬場の場合、併せ馬は2頭までと決まっていますし、その距離はわずか800mしかありません。追い切る距離は常に800mですし、さほど折り合いを気にすることなく走れます。

 対して、CWの場合は1周距離が1800m。1周まるまる追い切るという馬はいませんが、6Fから時計を出すことを基本に、少し負荷をかけたい場合は7Fから時計を出したり、逆にセーブしたい場合は5Fから追い切る。また、折り合いに難がある馬は3頭併せを行い、前の馬を置き、後ろからつつかれるような「実戦に近い」調教を行うこともできます。

 皆さんがCWでの追い切りをご覧になる機会があるとすれば、重賞に出走してくる馬の調教VTRだと思います。そこによく登場する、角居勝彦厩舎や池江泰寿厩舎の追い切りといえば、3頭が隊列になり、直線に向くと一番後ろの馬が最内を通って、ゴール前では横並びになるという画。これが現在のCWでの主流といってよいでしょう。追い切りが集中する時間ともなれば、3頭併せと3頭併せが無意識に合流して、6頭での競馬のようなシーン、というのも珍しくありません。

 以前は「坂路しか使わない」という厩舎も珍しくなく、橋口弘次郎厩舎などはその典型例でしょう。まれに追い切りをCWやDPで行うことがありましたが、坂路のウッドチップの状態がかなり悪くなった時にその代替場所として、トラック馬場での追い切りを行っていました。橋口弘調教師と同郷、坂路小屋でも一緒に調教を見ている音無秀孝調教師も以前は坂路だけの追い切りでした。

 しかし、最近では今年のミッキーアイルに代表されるように、馬によってはCWやDPといったトラック馬場での追い切りを取り入れるようになりました。

 栗東の場合、トラック馬場は基本的に「右回り」ですが、火曜日と日曜日は「左回り」となります。これを利用すると、東京競馬場や中京競馬場といった左回りの競馬場のスパーリング効果をもたらすことになります。音無調教師はそれを意識し、左回りの競馬場でレースを予定している馬に対しては、日曜日に左回りのCWやDPで追い切りを行うようになりました。その成功例としては、8歳にして初GI制覇となったカンパニーの天皇賞・秋があります。

 また昨年、リーディングトレーナーとなった矢作芳人調教師も坂路追い切りが主流ですが、日本ダービー4着のリアルスティールは1週前追い切りを必ずCWで行っていたように、最終追い切りは坂路でも、CWでの追い切りを併用するというケースが目立ってきました。

ミッキークイーンのオークス制覇の裏に


 このように「CW」での追い切りは確実に需要を増しており、また、そのバリエーションはますます増えているように思います。特に今年になって目立っているのが「半マイル」での追い切りです。

 CWでの半マイル追い切りは今になって始まったことではありません。トラック馬場で追い切りたいけど、長めからいくとオーバーワークになるから、半マイルだけやりたい。そんな馬の特徴に合わせて、CWでの半マイルを利用したり、私の記憶にあるところでは、少し前の長浜博之厩舎はこの追い切りが多かったと思います。

 ただ、半マイルは800mの追い切りですから、だったら坂路でもいいんじゃない? という雰囲気から、この調教パターンはそこまで広がりを見せていなかったのではないでしょうか。

 ところが、半マイル調教で新たな活路を見出した厩舎があります。それが池江泰寿厩舎です。個人的に昨秋の成績が芳しくなく「どうしたのかな?」と思っていましたが、今年春になって、CWでの半マイル調教を取り入れました。

調教の新トレンド!"

▲半マイル調教時にCWへ入場する場所で、「C」のハロン棒は5F地点。馬は左がサトノラーゼン


 池江厩舎の場合、ホームストレッチ入口から入り、向正面の6F標識から時計を出すというのが、ごく標準の追い切りスタイルでした。それを3コーナー手前からCWへ入場し、しばらくすると出てくる4F標識から追い切るというパターンに変更。これでGI制覇を果たしたのが、オークスのミッキークイーンでした。

 実は「池江泰寿厩舎が牝馬でGIを制した」というところがポイント。

 オルフェーヴルをはじめ、これまで数々の名馬を育ててきた厩舎ですが、こと牝馬に関しては結果を残せていませんでした。開業からオークス以前に重賞に出走した牝馬は35頭ですが、勝ったのはエアパスカルのチューリップ賞のみ。そもそも、400回以上重賞競走に管理馬を送り込む厩舎でありながら、牝馬がその1割にも満たないということ自体、牝馬を苦手としている厩舎という見方をしてもよいでしょう。

 そんな厩舎傾向をガラリ一変させた「半マイル調教」。2015年4月以降の池江厩舎の牝馬成績は13戦4勝(6月7日時点)。これからは「牝馬の池江」になっても不思議ではないくらい、勝ち星を量産しています。

 実は牝馬だけではなく、牡馬にも好影響を与えています。日本ダービー2着のサトノラーゼンは最終追い切りがCWでの半マイル追い切りでしたし、サトノアラジンは半マイル追い切りにしてから、春興Sとモンゴル大統領賞を連勝。今週のエプソムCで初重賞制覇ともなれば、眠っていた素質開花ということになるのでしょう。

 この半マイル調教に関しては、半年にも満たないスパンでの出来事を記しているので、ひょっとしたら、1年後にはまた違ったトレンドになっているかも知れません。調教は、施設の変化だけなく「使う側の意識」によって、その方法や効果が変化するので、また機会があれば、このようなコラムを書かせていただければと思います。

(井内利彰)

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