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JRA発走委員(2)『出遅れ防止にゲートボーイ導入論 JRAの見解は』

  • 2015年09月21日(月) 12時00分
おじゃ馬します!

▲高まる“ゲートボーイ導入論”JRAの見解とは(写真はアメリカのゲートボーイ 撮影:高橋正和)


ゲートにまつわる問題を深く掘り下げていく企画。今回は、宝塚記念でのゴールドシップの出遅れをきっかけに高まってきた、「ゲートボーイ導入論」に迫ります。人馬の安全のためにと、アメリカや香港などでは取り入れられているシステムですが、今後、日本でも導入する可能性はあるのでしょうか。ズバリ、答えていただきました!

(ゲスト:JRA審判部 長島隆樹氏、取材:赤見千尋)



(前回のつづき)

ゲートを開けるタイミングのルール


赤見 ゲートを開けるタイミングについて、基本的なルールはどういうものなのでしょうか?

長島 原則は「後ろの扉が全て閉まって、前から人がいなくなったら速やかに」ですね。

赤見 馬の体勢に関して決まりはありますか? 例えば、全頭の四肢が着いているですとか。

長島 全頭が四肢を着いていて、発走体勢にあることを見極められることが理想ではあるんですが、そこは最大公約数ですよね。待つことなら幾らでもできます。でも、待っていれば必ずおとなしくなるかというと、そうとも言えませんから。

 最後の馬が入る時、発走委員から騎手に「最後の馬が入るよ」という声を掛けるようにしています。それまでの時間、騎手によっては、全頭入るまでリラックスしていたり、馬が暴れないように気を遣ったりそれぞれですけど、最後の馬が入るとなったら体勢を整えるわけですよね。騎手もそろそろ開くなというタイミングは、ある程度分かっていますし、最後の馬が入って人が離れたら速やかにゲートが開くことは十分承知しています。

赤見 具体的な例で言うと、宝塚記念のゴールドシップは前脚を着いた瞬間にゲートが開いたけれど、直後にもう一度立ち上がってしまったという…

長島 おそらくその通りでしょうね。個人的な話になりますが、立ち上がって肢が着いた唯一のタイミングだったと思います。あれは確かに難しいところで、ゲートを開ける時にスターターが握る部分をレリーズと言うんですが、レリーズを握ってから実際にゲートが開くまでにはタイムラグがあるんです。

 1秒もないですよ。0.何秒なんですけど、そのタイミングで動く馬はいるにはいるんですよね。場合によっては出遅れにもつながってしまうのですが、だからといってその判断が間違いだったかと言うとそうとは言えません。これが、例えば人がいるのに開けてしまったら間違いですけど、それとは違いますからね。

赤見 GIでの人気馬の出遅れというのはかなり目立ちますから、反響も大きかったのかなと。実際、わたしの周りでもさまざまな意見がありました。

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▲「GIでの人気馬の出遅れで、反響も大きかったのかなと。わたしの周りでもさまざまな意見がありました」


長島 僕らの仕事って、言うなれば減点法なんですよね。上手くいって当たり前なんです。何もなくて減点ゼロ。プラスはないんです。何とか減点ゼロを目指してはいるんですけれども、扱っているのが馬というのもありますし、なかなかゼロにならないですね。

赤見 レリーズを握ってから開くまでにタイムラグがあるとおっしゃっていましたが、将来的にゲートをさらに改良して、精度を高めることでタイムラグを減らすことは考えられますか?

長島 現状で限界な部分もあるようです。タイムラグと言っても、0.4秒ぐらいなんですけど、どういう計り方かと言うと、手を上げてランプがつきますよね。それを見て壇上の人間が握って、ゲートが開くところまでで何秒かかっているかという。

赤見 あっ、なるほど、手を挙げてからも含めての0.4秒なんですね。機械だけでのタイムラグなら、改良の余地があるのではと思いました。

長島 握ってから磁石がカタンと落ちるまでは、それこそ0.0何秒なんですよ。0.1秒を切るぐらい。さらに、バネの力で開き終わるまでにも0.2、3秒かかります。人間の反応の限界として「今だ!」と決断して握るまでのタイムラグも厳密にはあるでしょう。いずれにしても、実際はもう本当に一瞬です。一度握ってもらえば分かりますけど、体感できるレベルではないです。

ゲートボーイ導入論への見解


赤見 出遅れを防ぐためにゲートボーイを導入した方がいいのではという意見もありますが、その点はどのようにお考えでしょうか?

長島 ゲートボーイ、今はゲートクルーという言い方をするんですが、導入の予定はありません。なぜかと言いますと、本当にそれで問題はすべて解決するのか? というところなんですよね。

 例えば、アメリカではゲートクルーがついて、ゲートの中に入って馬をサポートしているんですけれども、当然中で押さえる人も非常に危険なんですよね。馬が本気になってしまったら、人がついていたところで防げません。結局、1馬力あれば人間は敵わないんです。もちろん、人が持っていることで状態が良くなる場合もあるかもしれませんが、持っていれば馬は暴れないと単純に考えるのであれば、ちょっと認識不足だと言わざるを得ない部分があります。

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▲香港のゲートの様子、ゲートボーイのついている馬とついていない馬がいる(撮影:高橋正和)


赤見 導入するとなったら誰がやるのかという問題も出てきますよね。韓国では厩務員さんが担当するそうなんですけど、実際に騎乗したジョッキーから、技術的にはかなりの個人差があると聞いたことがあります。

長島 海外のスタイルを体裁だけ真似ることはできると思うんです。ただ、それではトラブルが増えるだけですからね。アメリカのゲートクルーは、仕事としてしっかり成り立っているんです。でも、体力的な衰えは来ますし、いくつになってもできる職業ではないわけで。しかも、怪我の補償も決して十分とは言えない中でやっていますし、そういう整備も必要ですよね。

 あと、アメリカで過去にこんな事案もありました。ゲートが通常通り開いたように見えましたが、最内の1番の馬がフライングで、発走合図前にゲートから跳び出していました。それを見ていた隣の2番の馬のゲートクルーが馬を押さえて、そっちは逆にゲートから出なかったんです。3番以降の馬は気付かずにスタートしてしまいました。1番の馬はフライングなので制裁は当然として、問題は何の非もないのに出なかった2番の馬です。

 海外には「ノン・ランナー」という制度がありまして、こういう馬は競走除外になって、残った馬だけでそのままレースが進むことになるルールがあるんです。除外してお金を返すとして、2番の馬が人気薄だった場合と人気馬だった場合、単純にお金を返せばいいという話だけでは収まらないと思いませんか?

赤見 ゲートボーイがいたらいたで、今度は違う問題も出てくるんですね。

長島 こういうトラブルに対して「そういうこともある」「100回何もなかったんだから、1回ぐらい何かあっても仕方ないでしょう」というような国民性であればいいかもしれませんが、日本は違うと思いますしね。それに、例えば「この馬にはゲートクルーはつけなくていい」となって、18頭のうち何頭かはついていませんでした、と。そのついていない馬が何かやりましたとなったら、八百長なんじゃないかっていう話も今度は出てくるでしょう。

 我々は“公正競馬”という部分で、ファンの皆さまの信頼を得て、受け入れていただいてきたところがあります。それを崩してしまうのはすごくもったいないというか、危険なことですよね。仮に日本で導入するなら全頭にゲートクルーをつけることを想定しなければいけないと思うんですけど、そうすると3場で18人だから54人準備しないといけない。

赤見 しかも、馬を扱える上に馬のクビをグッと抑え込む腕力も必要な技術職ですから、簡単にできるような仕事ではないですもんね。

長島 ええ。隣に人が立つことを嫌がったり、怖がったりする馬もいますから、その馴致も必要になってきます。ルールとして全頭につけているのはアメリカだけですが、平均出走頭数は10頭以下なんです。他の国は香港にしろドバイにしろ、必要に応じてつけるスタンスなんです。ですから日本もそうすればというところはあるんですけど、さっきも申しましたように、それも色々な意味で危険をはらんでいますので。

 やはり、スタートの瞬間に第三者が関わるというのは、非常に色々な危険があるわけです。そこを考えると、簡単にシステムだけを導入するというのはできません。

「アメリカでは、ゲートに入らない場合でもムチなんか使わない。だから日本もそうすればいいじゃないか」って言われるんです。でも、実際はそんなことはないんですよ。アメリカでもGIで大きな事故は起きていますし、ムチは使うし目隠ししても入らない馬だっています。むしろ、競馬以外の調教における「躾」の部分での厳しさでは、日本とは比較にならないくらいだと思います。我々はそういうところまで調べて研究した上で判断しています。なので「じゃあ、やりましょう」と簡単にはいかないんです。

 ちょっと視点を変えまして。海外に比べると、日本の枠入りってすごく早いんですよ。

赤見 海外の枠入りはなんというか…、のんびりしているところも多いですよね。

長島 去年の凱旋門賞も、最初の馬が入ってから発走するまでに3分30秒かかっているんです。それにはその国の歴史も関係していまして。ヨーロッパはロングディスタンスが重要視されてきた部分があるので、ゲートを慌てて出る必要がない。一方のアメリカなんかは距離が短いレースが多いので、スタートダッシュがものを言うから、どうしても馬がカリカリしてしまう。なので補助する人をつけている部分があるんです。

赤見 日本はどちらに近いんですか?

長島 日本の場合は、以前はヨーロッパに範をとったこともあってロングディスタンスが重要視されていましたよね。しかし最近では短距離にも対応するようになってきています。そういった中で、日本の競走馬たちは、補助をする人がいなくてもこれだけおとなしくしていられて、円滑なスタートを切れている。そこは海外から来た騎手や関係者にも、評価していただいているところではあるんですよね。我々もがんばっていますし、何より厩舎の方々が日々馬の練習をしてくれているのが大きいと思っています。

地方では出来る「尾持ち」の導入は?


赤見 個人的にすごく気になっているのが、地方競馬だと尾持ちができるじゃないですか。その効果か、中央では結果が出なかった馬が、地方に移籍してゲート難を克服して活躍しているケースがあります。JRAでも取り入れるかどうかというのは?

※尾持ちとは
「ゲート内で駐立させるための補助として、閉まった扉の後ろから尾を持つこと。調教師の申告で発走委員が許可をし、調教師、厩務員、発走係が行う。細かいルールは主催者によって定められている」 NARより

長島 これもやはり、JRAのスタンスなんです。ゲートの中は「競走の一部」だと捉えているんですよね。ということは、競走に第三者は介在してはいけないと。ゲートが開く瞬間に馬と騎手以外の第三者がいるというのは、公正競馬という中では望ましくないということです。

 もちろん、尾持ち発走をしてうまく行くのであれば、そのことについて否定はしません。ただ、尾を持っていて離すのが遅れて出遅れたということが、ないとも限りませんよね。それは、お客様からあらぬ疑念を抱かれかねません。ゲートクルーを入れない理由もそうなんですが、やはり発走において第三者というのは介在すべきではないと考えています。

 余談ですけど、例えば凱旋門賞が行われるフランスには、ゲートクルーはいないんですよ。凱旋門賞を目指す日本馬は多いですが、「うちの馬は人が押さえていないとちゃんとスタートできないんです」という状態で、凱旋門賞に行くんですかという話ですよね。

 今でしたらそんなことはしなくても、日本の競走馬は人がついていなくたってきっちり駐立できるように調教されています。そういう意味でも、世界中どこへ行っても恥ずかしくないと思いますよ。

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▲「日本の競走馬は人がついていなくても駐立できるよう調教されています。世界中どこへ行っても恥ずかしくないと思いますよ」


赤見 そう考えると育成の段階からシンプルに、今おっしゃったことを目指してみんなが作って行っているという。

長島 そうなんです。それをあえて崩すことはないのではないかと。考え過ぎかもしれないですけど、例えば発走調教が不足しているのを承知で、ゲートクルーをあてにして競馬に使えると錯覚をしてもらっても困ります。「誰かが何とかしてくれるんだ」と思われては、良くないですからね。

 我々は、発走悪癖馬を優遇するような考えはありませんし、JRAの競走には発走調教を十分に施された馬のみが出走すべきであると考えています。

 ゲートって、本当に最後の仕上げ部分なんですよね。その最後を、スタートという勝負の分岐点に主催者は関わって良いのかと。僕は、馬の調教に関しては調教師が責任を持ってやることだと思いますし、騎手については自分の馬をしっかり御す。もちろん皆さんそういったことをしっかりと自覚してやっていただいています。僕は日本の競走馬たちは補助する人がいなくてもちゃんとできると感じています。当然、緊急時には我々は助けます。ですが、そこは高いレベルでやって欲しいなというところですね。

(次回へつづく)

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東奈緒美 1983年1月2日生まれ、三重県出身。タレントとして関西圏を中心にテレビやCMで活躍中。グリーンチャンネル「トレセンリポート」のレギュラーリポーターを務めたことで、競馬に興味を抱き、また多くの競馬関係者との交流を深めている。

赤見千尋 1978年2月2日生まれ、群馬県出身。98年10月に公営高崎競馬の騎手としてデビュー。以来、高崎競馬廃止の05年1月まで騎乗を続けた。通算成績は2033戦91勝。引退後は、グリーンチャンネル「トレセンTIME」の美浦リポーターを担当したほか、KBS京都「競馬展望プラス」MC、秋田書店「プレイコミック」で連載した「優駿の門・ASUMI」の原作を手掛けるなど幅広く活躍。

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