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中谷雄太騎手(3)『勝ったことより、負けた悔しさ』

  • 2015年11月16日(月) 12時01分
おじゃ馬します!

▲今年は自身の年間最多勝利をマーク、中谷騎手の考え方の変化とは


美浦から栗東に拠点を移して、この11月でまる2年。その効果が目に見えて表れているかのように、今年は自身の年間最多勝利をマークしそうです。一時は騎手としてのどん底も味わった中谷騎手ですが、今は一転、ポジティブな考えに変わったと言います。今週は、中谷騎手の勝負に対する考え方の変化を探っていきます。(取材:東奈緒美)


(前回のつづき)

嫌なことも受け入れられるようになった


 成績面で、今年はご自身の過去最多の勝利数になりそうですね。栗東に移籍されてのいい効果ですね。

中谷 技術的に何かを変えたというのは、ほとんどないんですよ。気持ちの部分であったり、自分のやりたい競馬が少しずつ出来るようになってきている感じもあります。移籍したからには、成績も出さないといけないですからね。ただ、数字としては全然少ないので、全く満足してないです。

 今年の7月25日に通算100勝も達成されましたが、そういう数字も?

中谷 全然。どちらかと言うと「ようやく100勝か」って。18年かかってますからね。正直、数字に関しての気持ちは何もないです。ただ、100勝目が昆厩舎の馬だったんですけど、今年の夏から調教を手伝わせてもらうようになって、初めて乗せてもらった馬なんです。1回では結果は出せなかったけど、何回か乗せてもらってようやく結果が出せたので本当にうれしい。100勝という数字より、その中の1勝1勝が大事なんです。

おじゃ馬します!

 それぞれに、思いがあるんですね。

中谷 1勝1勝に重みがあるっていうかね。苦労して掴んだ1勝もありますし。オーナーが「雄太で」って乗せてくださった馬もいます。そういう勝利が、この100勝の中にいくつもあるんですよね。本当に感謝です。

 この100勝は、感謝の積み重ねなんですね。

中谷 そうです。100勝に届かないまま辞めてしまいそうな時期もあったので、区切りとして100勝できたのはよかった。数は少ないですけど、1勝1勝の重みという面では、トップジョッキーのようにたくさん勝っている人とはまた違うものもあると思いますしね。ただ、何度も言いますけど、18年で100勝ですから。まだまだ少ないし、今度は重賞を獲らないといけないとも思っているので。

 ここにきての気持ちの面での充実さと言いますか。ここ数年はすごく濃い時間なんじゃないですか?

中谷 特にこの2年は濃いですね。今までって「勝たないと降ろされる」というのが、自分の中ですごく強かったんです。それにジョッキーって、(馬を)取った取られたもあるじゃないですか。そういう嫌なところばかり考えてしまうようにもなって。「どうせ着に来たって乗り替えられるし…」って、卑屈になっていたところもありましたから。

 でもきっと、納得できないことも多い世界だと思います。

中谷 そういうこともあるんですけどね。でも、乗り替わりになるということは、自分が結果を出せなかったからでもあるわけで。「自分が足りないな」って思えるようになったんですよね。だって自分が馬主だったら、中谷雄太より武豊でしょう。それは当然だよなっていう考え方ができるようになったら、冷静に見られるようになりました。

 乗り替わったレースも見ますか?

中谷 もちろん見ます。他の騎手が乗ってどんな競馬するか、興味がありますしね。卑屈なんじゃなくて、今はそれなりに自分にも自信があるので、「自分が乗ってたらこうしただろうな」とか、そういうふうに思えるようになってからは、乗り替わりも何とも思わなくなったかな。

おじゃ馬します!

▲「自分が馬主だったら、中谷雄太より武豊。冷静に見られるようになったら、乗り替わりも何とも思わなくなった」


 自信がついて、心にも余裕が生まれたんですね。

中谷 まあ、何の自信だかはよく分からないですけどね(笑)。何の根拠もないんですけど、ある程度自信を持って、いい意味でポジティブな気持ちで乗っていないと。そういうのは、馬にも伝わると思いますしね。

 馬に気持ちが伝わるって聞いたことあります。

中谷 気迫というか、気持ちの部分を出していかないと、馬に負けちゃうんですよ。自分が弱気になったら、馬にも伝わります。今までって、乗っている時に「1着じゃないと嫌だ」っていう気持ちを出せてなかったんですよね。

 弱気な気持ちもあったということですか?

中谷 そうそう。「これやって負けたらどうしよう」とか「負けたら怒られる」というのが先に来ちゃって、思い切って乗って負けたら仕方ないって思えなかった。だから積極的な競馬もあまりできなかったんです。その辺の考え方も、ここ1年ぐらいでガラッと変わってきたかな。

 最近はどう思うようにされてるんですか?

中谷 負けたときは、しっかり反省して次に活かせばいい。だって、自分が考えたタイミングで勝負をかけて、それで負けたなら、自分の中で納得できるじゃないですか。出し切って負けたなら仕方ない。だから最近は、あえて早仕掛けのときもあります。

 勝負にいっているんですね。

中谷 そう。それで勝てなかったなら、自分が甘かったということ。まあ、負けること自体は、ものすごく悔しいんですけどね。最近2着が多いんです。この前も、2着2回3着1回っていう週がって。その週って最初の騎乗レースで勝ったので、すごくいい流れだったのに、その後に2着2回3着1回って。何か不甲斐ないなと思って。

 勝ったことより、負けた悔しさのほうが強いんですね。

中谷 勝ったものは過去のことになっちゃうんですよ。「いい競馬したよ」って言ってもらうこともあるんですけど、自分の中では「まだまだ足りない」って。これ、最近口癖のように言っているんです。本当に、まだまだ足りない。勝ち鞍も足りなければ、技術も足りない。乗せてもらっている馬のレベルを考えたら、もっと結果を出さなきゃっていうのは強いんです。それがいいモチベーションになってるのかもしれないですけどね。

 中谷騎手は、穴派の馬券ファンに人気が高いと思うのですが。

中谷 たぶん、僕の馬券だけ買っていれば儲かるんじゃないですか。まず人気しないですからね(笑)。でも、ファンあっての競馬だと思っています。僕らの賞金は、馬券を買ってもらって、そこから出ているもの。馬券が売れなかったら、僕らはやっていけないですからね。だから少しでも多くのファンに、競馬を楽しんでもらいたいというのは考えています。

 ファンへの意識も高いですね。

中谷 まあでも、ジョッキーは口で言うより、レースで見せないとと思いますし。ファンに信頼して馬券を買ってもらえるようなジョッキーにならなきゃいけないって、最近特に思います。だから1つでも上の着順を目指す、それは常に考えています。

(つづく)

東奈緒美 1983年1月2日生まれ、三重県出身。タレントとして関西圏を中心にテレビやCMで活躍中。グリーンチャンネル「トレセンリポート」のレギュラーリポーターを務めたことで、競馬に興味を抱き、また多くの競馬関係者との交流を深めている。

赤見千尋 1978年2月2日生まれ、群馬県出身。98年10月に公営高崎競馬の騎手としてデビュー。以来、高崎競馬廃止の05年1月まで騎乗を続けた。通算成績は2033戦91勝。引退後は、グリーンチャンネル「トレセンTIME」の美浦リポーターを担当したほか、KBS京都「競馬展望プラス」MC、秋田書店「プレイコミック」で連載した「優駿の門・ASUMI」の原作を手掛けるなど幅広く活躍。

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