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節目に登場した藤田菜七子騎手

  • 2016年03月05日(土) 12時00分


 私の自宅兼事務所から川崎競馬場まで、クルマで渋滞がなければ10分、電車でも歩く時間を入れて20分もあれば着いてしまう。

 それだけ近くに住んでいながら、開門前に川崎競馬場に来たのはこれが初めてだった。

 なぜ早く来たかというと、この日に「ひな祭りデビュー」を飾る、藤田菜七子騎手を取材するためである。

 彼女は、JRAでは16年ぶり、7人目の女性騎手となった。さまざまなメディアで紹介されているので、「16年ぶり」というのを覚えてしまった人も多いと思うが、デビュー前の騎手が、これだけ注目され、大きな期待を集めたケースとしては、1996年の福永祐一騎手以来20年ぶりと言っていいだろう。彼と同時に、細江純子、牧原(旧姓)由貴子、田村真来の3人が、JRA初の日本人女性騎手としてデビューし、こちらも話題になった。

 ここに「日本人女性騎手」と記したのは、94年と95年にニュージーランドのリサ・クロップが短期免許で騎乗していたからだ。

 それはさておき、直接の先輩と言える女性3人がデビューしてから20年という節目に登場し、しかもそれがひな祭りとなった藤田騎手は、少し前の流行語ではないが「持ってる」ということなのか。

島田明宏

第1レースのパドックに藤田菜七子騎手が登場。川崎競馬場での「菜七子フィーバー」が始まった。


 実は、彼女のデビューは、もうひとつの大きな節目にもあたっている。

 ときは、主催者がJRAの前身である国営競馬の前の日本競馬会のさらに前、全国の競馬場が独立した競馬倶楽部によって運営されていた倶楽部時代にさかのぼる。

 昭和11(1936)年2月、岩手出身の斉藤すみ(澄子と記す場合も)という女性が、京都競馬場で騎手免許試験に合格し、日本初の女性騎手となった。そのときも複数の新聞の社会面で紹介されるなど注目を浴びたが、結局、女子は風紀を乱す恐れがあるとして、レース出場は認められなかった。

 日本初の女性騎手のデビューは、繋駕では昭和41(1966)年の高橋クニ(平地ではその娘の高橋優子)まで待つことになる――。

 西暦の表記を見てお気づきかもしれないが、斉藤すみが日本人女性として初めて騎手になってから、今年がちょうど80年なのである。

 20年と80年の節目。それに合わせたかのように藤田菜七子騎手は登場した。私たちの意識下の願いや、大きな時間の流れのようなものが、彼女のような存在が現れるのを待っていた、ということなのかもしれない。

島田明宏

第4レースの馬場入り。短期免許で来日中のフェデリコ・ボッサ騎手が、なぜかカメラ目線。


 第1レースの発走予定時刻が11時20分(出走除外馬が出るなどして、数分遅れた)で、最終12レースが17時10分。10時過ぎに競馬場に着き、藤田騎手の会見が終わったのが18時過ぎという長丁場だったが、行ってよかったと思える、楽しい時間だった。

 実は私は、とにかく逃げるか、馬群の外のほうを通り、揉まれず、ただ回ってくるだけで藤田騎手の6鞍が終わるのではないか……とも思っていた。もちろん期待しているからこそ取材に行ったのだが、なんというか、ガッカリして帰路につく覚悟もしたうえで川崎競馬場を訪ねていたのだ。

 ところが、彼女はそうした思いを、いい意味で思いっきり裏切ってくれた。

 ほかの騎手の邪魔をして、嫌がられなければいいな……といった心配をしなければならないレベルではなかった。普通に川崎のタイトなコーナーを回り、勝負どころでスムーズに外に持ち出し、直線ではしっかり追い、騎乗馬をまっすぐ走らせていた。しかも、減量の特典がなかったにもかかわらず、ほとんどの馬が直線で伸びていた。道中、馬に負担をかけない騎乗ができているからだろう。

 この日の騎乗を見て、彼女を起用したいと思ったほかの馬のオーナーや調教師はかなりいるはずだ。

 師匠の根本康広調教師と親しい、小桧山悟調教師が、管理馬を出走させていたわけではないのに姿を見せていた。コビさんこと小桧山師は、2014年度のNARグランプリで、管理馬を1000回地方交流競走に出走させたとして表彰されたことがあるほど、積極的に交流競走に出向く人だ。こうした人脈を生かせば、藤田騎手は、また今回のように地方での騎乗機会を増やすことができる。数多く乗ってこそ上手くなる。どんどん、いろいろなところで菜七子旋風を巻き起こしてほしい。

島田明宏

第4レースの返し馬。騎乗馬をしっかり手の内に入れている。


 私は来週北海道に行くのだが、もしかしたらコビさんと合流するかもしれない。が、受胎が確認されている2頭のスマイルジャックの仔はまだ生まれていないという。なので、メチャメチャ可愛いであろうスマイルの初めての仔をここで紹介するのは、もう少し先のことになりそうだ。

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登録済

作家。1964年札幌生まれ。ノンフィクションや小説、エッセイなどを、Number、週刊競馬ブック、優駿ほかに寄稿。好きなアスリートは武豊と小林誠司。馬券は単複と馬連がほとんど。ワンフィンガーのビールで卒倒する下戸。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』など多数。『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』で2011年度JRA賞馬事文化賞、小説「下総御料牧場の春」で第26回さきがけ文学賞選奨を受賞。netkeiba.com初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリー『ダービーパラドックス』。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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