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警視庁騎馬隊で務めを果たしたロードシンフォニーこと響輝/動画

  • 2016年04月26日(火) 18時01分
第二のストーリー

▲ロードシンフォニーこと響輝(ひびき)と、オーナーの小森恵子さん


自然豊かなプライベート乗馬クラブでの日々


 警視庁騎馬隊には、競走馬を引退した馬たちが数多く所属し、活躍をしている。かつては日経賞(1998年・GII)を勝ったテンジンショウグンが騎馬隊に所属しており、現在は新ひだか町のローリングエッグスクラブで余生を送っている。セントライト記念(1998年・GII)で4着のグランスクセーも、騎馬隊引退後には、千葉県御宿町のファームリゾート鶏卵牧場にて第三の馬生をのびのびと過ごしている。

 そして、昨年夏、競走馬名ロードシンフォニーこと響輝(ひびき)が騎馬隊を除隊となり、現在は埼玉県越生町で新たな馬生を謳歌している。

 響輝は2003年4月21日、父ボストンハーバー、母レディーシャルダンの間に、北海道門別町(現日高町)の加藤牧場で誕生した。ロードシンフォニーと名付けられたその馬は、美浦の田中清隆厩舎の管理馬となり、初陣は2006年6月の3歳未勝利戦とデビューまで時間を要した。

 初戦14着、2戦目が15着と大敗を喫した後に競走馬登録を抹消され、2007年2月からは警視庁騎馬隊の一員となった。競走馬名の「シンフォニー」にちなんで「響輝」と小学生から命名され、外国大使の信任状奉呈式の車列警護、皇宮警備、そして近隣の小学校付近での交通整理など、厳しい任務にあたってきた。

 2014年暮れ頃から脚元に不安が現れ始め、硬いアスファルトの上での仕事をこなしていくのは厳しい状況となり、2015年8月、8年以上在籍した騎馬隊を引退する運びとなった。

 引退馬協会の橋渡しにより、騎馬隊から北海道石狩市の乗馬クラブへと旅立っていった響輝。クラブでは乗馬として再スタートが切れるよう、いろいろと手を尽くしたが、破行はなかなか改善せず、乗馬クラブでの仕事は難しいとの判断により、終の棲家が見つかるまでの間、新ひだか町の荒木牧場で過ごすこととなった。

 牧場では脚元のケアを行いながら、引退馬協会では新たな引き取り先を探していたが、同協会の協会員がシェアし協会facebookの記事が埼玉県越生町でプライベートの乗馬クラブを営んでいる小森恵子さんの目に留まって、響輝は北海道から馬運車に揺られて、2016年1月21日に再び関東の地を踏んだのだった。

 そこは有名な越生梅林からほど近く。山を登り、目の前に小さな川が流れる自然あふれる場所に、響輝が暮らすプライベート乗馬クラブがある。仕事一筋だったキャリアウーマン時代に乗馬と出会った小森さんは、以来約30年、多忙な仕事をこなしながら馬の道を歩んできた。

 かつて料亭だった建物を改造した厩(うまや)には、響輝をはじめ、現在は9頭の馬がいる。馬房から顔をのぞかせる1頭1頭を小森さんに紹介してもらったのだが、その説明を聞いているだけで馬たちの仕草や表情が想像できて、知らず知らずのうちに笑顔になっていた。

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▲料亭を改造した厩舎


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▲厩舎でのんびりする響輝


その馬にしかできない役割がある


 響輝の馬房の前に立つと、まずその背の高さに驚いた。警視庁騎馬隊のホームページでも、身長169センチで体重567キロ。「騎馬隊の中でも1番背が高くて脚が長い」と紹介されていたほどで、背の低い私は響輝を見上げる形になる。だが小森さんに顔を寄せた時の表情は甘えん坊そのもので、とても微笑ましく、響輝の長身はいつの間にか気にならなくなっていた。

 小森さんによると、当初はうまく歩けない状態だったという。

「コズミがありましたので、重曹を打ってから少しずつ少しずつ動かしていきました」

 響輝にはまだ脚が痛いという記憶があるのか、ツメを立てるようにして脚を着地させていた。しかしその歩き方では前には進んではいけないので、小森さんが調馬索を持って追いながら歩かせて、真っすぐに脚裏を地面に着けるように訓練をしていった。適切な治療と運動を続けるうちに、脚は真っすぐに着地できるようになり、今ではほぼ問題なく歩けるようになっている。


 性格を小森さんに尋ねると「かなりの甘ったれです」と、丸馬場にいる響輝に優しい眼差しを送った。

「ここ、僕のおウチ? この人はボス? みたいな感じで、こちらに来た翌日から私にベタベタしていました(笑)」

 取材の間中、柵を噛んでいたずらをしては「それは止めて!」と小森さんに注意をされていた。何度もそれを繰り返していたところを見ると、多分、小森さんの気を引こうとしているのだろうなと、微笑ましかった。

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▲小森さんにベタベタの響輝


 越生の地で暮らし始めておよそ3か月。新しい環境にもすっかり馴染み、小森さんとの信頼関係もしっかりと築いている。人懐っこくて賢くて、穏やかな気性の響輝は、今後「ふれあいホース」としても活動をしていく予定だ。

「ウチの他の馬たちは、体が大き過ぎたり、気合いが入り過ぎたりで、響輝のように大人しくお相手ができないんですよね(笑)。なので響輝に先生役、お相手役を務めてもらって、訪れる人に馬の温かさを感じてもらったり、ブラシを掛けてもらうなど、触れ合って頂こうと思っています」

 小森さんが代表を務める株式会社マイエッセ主催で開催されたワークショップでも、響輝は立派にお役目を果たし、無事ふれあいホースとしてのデビューを果たしている。さらに小森さんは、響輝を応援してくれる人々が気兼ねなく会えるようにと「ひびきくんとともだち会」を立ち上げた。

 月会費2000円を払い、越生の澄んだ空気の中で響輝と触れ合う時間が持てる。馬と接する経験のない人には、馬の曳き方やブラシの掛け方なども教えてもらえるという、馬好きにはたまらない会だ。現在会員は21人。取材日にも数人の会員さんや、馬をこよなく愛する人々が訪れており、響輝の一挙手一投足に声をあげ、小森さんの説明に耳を傾け、写真を撮影するなどそれぞれに楽しんでいた。

 小森さんに甘える愛くるしい響輝からふと視線を移すと、そこに集う人々は、皆笑顔だった。馬には人を幸せな気持ちにする力がある。例え競馬で勝てなくても、お客を乗せる乗馬としての仕事ができなくても、その馬にしかできない役割があり、命が繋がっていく意味がある。

 たくさんの人に愛されている響輝。1つの尊い命は、その馬名のごとく越生の自然や取り巻く仲間たちと見事にシンフォニーを奏で、輝いていた。

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※「ひびきくんとともだち会」
若干名、余裕があります。入会希望の方はお問合せください。

埼玉県入間郡越生町龍ヶ谷19
小森恵子

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北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。

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