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アメリカ人が唖然とする激走を期待したいケンタッキーダービー展望

  • 2016年05月04日(水) 12時00分


格式も権威も桁違いに崇高なケンタッキーダービーに堂々駒を進めることになったラニ

 5月7日にチャーチルダウンズで行われるG1ケンタッキーダービー(d10F)の展望をお届けしたい。

 当コラムはこれで3週続けて、日本馬が出走する海外のレースをプレビューすることになった。日本馬の資質向上と、それに伴う関係者の意識改革のおかげで、海外遠征が日常的なものとなったことを、改めて実感する思いだ。

 ましてや、今週日本馬が出走するのは、G1ケンタッキーダービーである。過去2週にわたって行われた香港の国際競走も、近代競馬において大きな存在感を示す重要なレースであったが、格式も権威も桁違いに崇高なのがケンタッキーダービーである。

 アメリカには、2日間で13もの部門別チャンピオンを決めるブリーダーズCという一大イベントがあって、その舞台に上がることに憧れる関係者は多い。あるいは、『タフであること』を最大の美徳とするアメリカでは、歴戦の古馬が重い負担重量を背負って戦うハンデ戦に強い思い入れを抱く関係者も多く、例えば西海岸のサンタアニタHのようなレースを、目指すべき到達地と考える馬主さんや調教師さんもいる。

 だが、アメリカで競馬と言えば、自他ともに認める最高峰がG1ケンタッキーダービーだ。

 優勝馬には554輪もの赤いバラがあしらわれた肩掛けが贈られることから、“The Run for Roses(=薔薇を目指して走れ)”と呼ばれるケンタッキーダービーの、もう1つの別称が“The most exciting two minutes in sports(=スポーツの世界で最もエキサイティングな2分間)”だ。

 地元の名産品であるバーボンに、ミントとシュガーシロップを入れた「ミントジュレップ」と呼ばれるカクテルを賞味し、出走馬が馬場に入る際にはスティーヴン・フォスターの名曲「マイ・オールド・ケンタッキー・ホ−ム」を観客全員で合唱する。その経験をしたことがない人は、『競馬ファンを自称してはいけない』とすら言われているのである。

 そして、アメリカで馬を持とうという人の十中八九までが、ケンタッキーダービーに馬主として参画することが「夢」と言っても過言ではない。今年の3歳世代が生まれた2013年、北米におけるサラブレッド生産頭数は2万3千頭余りだった。アメリカ産馬の1150頭に1頭しか出られないケンタッキーダービーに、堂々駒を進めることになったラニ(牡3、父タピット)は、それだけで既に大変な快挙なのである。そして、それを実現したノースヒルズの前田幸治オーナーには、心からの敬意を表したい。

 前田オーナーは、02年にサンデーブレイク(父フォーティナイナー)が、東海岸の前哨戦G1ウッドメモリアルSで3着になりながら、わずかに賞金が足りずに除外となった苦い思い出があり、実に14年ぶりに雪辱の機会を得ることになったわけだ。

 言うまでもなくアメリカの競馬にも精通している前田オーナーは、「勝つとまでは言いません」と語る。「ですが、争覇圏にいる10頭の中には入っていると思います」と、冷静に情勢を分析している。

 戦線の中心にいるのは、ナイクィスト(牡3、父アンクルモー)だ。

 10年の全米2歳チャンピオン・アンクルモーの初年度産駒の1頭で、ファシグティプトン・フロリダ2歳セールにて40万ドルで購買されて西海岸のダグ・オニール厩舎に入厩した同馬の、2歳時の戦績は5戦5勝。G1BCジュヴェナイル(d8.5F)を含めて3つのG1を制する完璧な成績で、父に続く親子2代での全米2歳チャンピオン襲名を果たしている。今季初戦のG2サンヴィセンテS(d7F)も白星で通過した後、陣営がケンタッキーダービー前の最後の一戦に選んだのが、ファシグティプトン・フロリダ2歳セール出身馬が勝つと100万ドルのボーナスが支給される、4月2日にフロリダ州のガルフストリームパークで行われたG1フロリダダービー(d9F)だった。そこに待ち受けていたのが、東海岸で4つの重賞を含めて5戦5勝の成績を収めていたモヘイメン(牡3、父タピット)で、すなわち、東西両横綱の直接対決が、本番を前にしてここで早くも実現したのである。結果は、ナイクィストが後続に3.1/4馬身差をつける完勝。同馬が本命馬としてケンタッキーダービーに向かうことになった一方で、モヘイメンは4着に敗れ、いささか株を落として本番を迎えることになった。

 そういうわけで、今年のケンタッキーダービーで軸となるのはナイクィストで間違いないのだが、『押しも押されぬ』ほどの大本命かと言えば、そうでもないのが実情だ。というのも、フロリダダービーで2着となったのが、デビュー5戦目のメイドンでようやく未勝利を脱出したばかりだったマジェスト(牡3、父ティズナウ)で、レースの水準を疑問視する声もあがっているのである。ナイクィストが絶対的存在でないのなら、チャンスがあると考えている陣営は多数おり、前田オーナーの言葉に出てきた『争覇圏にいる10頭』というフレーズも、この辺りの情勢を鑑みたものであろうと想像される。

 実際に、西海岸の前哨戦であるG1サンタアニタダービー(d9F)を制したイグザジェレイタ−(牡3、父カーリン)、東海岸の前哨戦であるG1ウッドメモリアルS(d9F)を制したアウトワーク(牡3、父アンクルモー)、ケンタッキー州の前哨戦であるG1ブルーグラスS(d9F)を制したブロディーズコーズ(牡3、ジャイアンツコーズウェイ)、中西部の前哨戦であるG1アーカンソーダービー(d9F)を制したクリエイター(牡3、父タピット)、中東部のルイジアナ州で前哨戦を2連勝しているガンランナー(牡3、父キャンディライド)、ケンタッキー州の裏街道ともいうべきG3スパイラルS(AW9F)を勝った後に追加登録をして出走してくるオスカーノミネイテッド(牡3、父キトゥンズジョイ)、フロリダ州の裏街道で重賞連勝中のデスティン(牡3、ジャイアンツコーズウェイ)と、各州の地区予選を勝ち上がってきた馬たちの顔触れは実に多士済々である。

 更に前哨戦では敗れたものの、今年の3歳世代は高水準と言われる西海岸で、7戦して連対を外したことがないモースピリット(牡3、父エスケンデレヤ)も、管理するボブ・バファート師の手腕込みで侮れない存在だ。そんな群雄割拠の「争覇圏」の一角にいるのが、G2UAEダービー(d1900m)を勝っての参戦となるラニである。

 アメリカで走ったことがない馬が、ケンタッキーダービーを勝った例は一度もなく、正直に言えば、厳しい戦いになると思う。だが、ドバイという異空間で普段通りの競馬をしたラニには、我々が机上で組み立てた論理をあっさりと破壊する、破天荒なポテンシャルを秘めた可能性があり、アメリカ人が唖然とする激走を期待したいものだ。

 発走時刻が日本時間で8日(日曜日)の朝7時34分のケンタッキーダービーは、ラジオNIKKEIで実況生中継される予定で(番組は7時10分スタート)、筆者も解説者として参加させていただくことになっている。北米競馬の祭典に、皆様もぜひご注目いただきたい。

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1959年(昭和34年)東京に生まれ。父親が競馬ファンで、週末の午後は必ず茶の間のテレビが競馬中継を映す家庭で育つ。1982年(昭和57年)大学を卒業しテレビ東京に入社。営業局勤務を経てスポーツ局に異動し競馬中継の製作に携わり、1988年(昭和63年)テレビ東京を退社。その後イギリスにて海外競馬に学ぶ日々を過ごし、同年、日本国外の競馬関連業務を行う有限会社「リージェント」を設立。同時期にテレビ・新聞などで解説を始め現在に至る。

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