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北海道開催はなぜ減ったのか 札幌記念のGI昇格はあるのか

  • 2016年08月29日(月) 18時01分


 2016年夏のローカル開催も1週を残すだけとなった。9月4日で新潟、小倉、札幌開催は終了し、10日からは中山、阪神の2場で番組区分上の秋季競馬が始まる。かつてはこの時期も札幌で1開催(4週)があったが、東日本大震災の翌年である12年に開催日割が大幅に見直され、9〜10月の札幌開催は姿を消した。函館を含めた北海道全体の枠も、従来の32日(函館、札幌各16日)から、26日(函館12日、札幌14日)と大幅に削減された。

 その後、札幌が改修工事中のため休催となった13年は函館のみが24日に。札幌が新装開場となった14年は12年と同じ函館12、札幌14日に戻り、昨年は札幌、函館各12日。今年はといえば、暦の関係で祝日開催の組み方が前年と異なり、その結果、新潟のローカル(第3場)開催が1週増え、年間でも新潟の日数は2日増の26日となったが、北海道は据え置き。函館は10年、札幌は14年とスタンド新装から日が浅いとあって、道内の関係者の間でも開催削減への不満を口にする人は多い。なぜ、北海道の開催日数は削減されたのか?

教えてノモケン

▲2014年に新装開場となった札幌競馬場(撮影:高橋正和)


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規制緩和で広がった調整の幅


 昨年、当コーナーで番組編成について扱った際に触れた通り、JRAにとって「日割」は極めて重要な事項の1つである。近年の日割は、年間36開催288日という法的に定められた上限の中で、地方競馬との協調関係を維持しつつ、いかに売り上げ拡大を図るかという使命を帯びている。

 以前は各競馬場の開催日数が長く固定されていた。もともと、36という開催数の根拠は、現存する10の競馬場に横浜(根岸=現在は馬の博物館)、宮崎(現在は育成牧場)を加えた計12場で各3回という計算だった。1991年の競馬法改正で横浜、宮崎は開催可能な場から除外されたが、戦後はずっと休催が続いていた。ただ、実際は北海道の2場が夏場の2開催ずつで、北海道枠の2開催と、休催中の2場の6開催の計8開催分を、4大競馬場(東京、中山、京都、阪神)が2開催ずつ分担する形が長く続いた。加えて、1開催の日数も8日に固定され、調整の余地自体が少なかった。

 ところが、07年の競馬法改正に伴う省令改正で、1開催の日数も「12日以内」という幅を持たせた形となった。この改正は、番組編成の自由度を高めるための規制緩和で、以後、各競馬場の開催日数も微調整が繰り返されることになる。

 こうした規制緩和が進められた時期は、JRAの売り上げ低迷が続いていて、日割の設定も「背に腹は変えられぬ」という雰囲気が色濃く漂っていた。特に、11年の東日本大震災以降は、売り上げの期待できる4大場に少しでも多くの開催日数を割り当てる「本場シフト」の傾向が見え始めた。

 本場開催を増やすには、まず体育の日のような祝日に土〜月曜の3日間開催を組む方法がある。祝日は地方競馬の主要レースが多く組まれ、地方との調整が必要だが、当時は中央・地方間の発売協力が劇的に進展し、ハードルは一気に下がった。ただ、祝日使用の上限は年4日で、JRA内部の調整で本場を増やすとなれば、必然的にローカル場を削ることになる。ここで削減のターゲットになったのが北海道だ。

「夏バテ」対策で2場開催に?


 目につくのは9〜10月の札幌が姿を消した部分。この時期の「表」開催は中山と阪神だが、多くの人が感じている通り、少頭数で番組担当者の頭痛の種だ。特に、1000万や1600万といった高額条件ほど頭数が少ない。もともとクラス再編(6月)から間がなく、高額条件の在籍頭数が少ない上、夏に稼働した馬は休ませる厩舎が多い。

 代わって、2歳馬の入厩が多くなるが、仕上げに一定の時間を要するし、仕上がったところで使うあては新馬や未勝利。売り上げには直結しない。勢い、この時期の開催には「消化試合」のイメージがつきまとう。もちろん、秋のGIの前哨戦として、東西で重要な重賞が組まれてはいるが、全体としては端境期で、JRAによれば「年間を通じて、最も売り上げが悪い時期」という。こんな季節に3場開催を組んで、数少ない上級馬を分散させる負担は大きい。

 本場重視の考え方は、夏の札幌開催の運用方針にも見え隠れしている。札幌開催中は、函館に入厩して輸送で参戦する馬も多い。俗に「裏函」と呼ばれ、10の競馬場で唯一、ウッドチップコースを持つ利点を生かし、夏季限定トレセンとして機能している。ただ、こちらも現在は8月最終週の半ばで閉鎖となる(今年は8月25日)。「さっさと戻って、本場を走って下さい」という本音に取れる。

狭さと経費が泣きどころ


 こうして、北海道開催はほぼ1開催分、削られたのだが、削減分はどこに行ったか? 秋口の札幌開催が消えた12年は、前年が震災の年だったため比較が難しいが、東京、中山は41日ずつ、京都が44日、阪神が42日で、4大場の合計は168日。従来の各5開催、計160日から8日も増えている。

 京都の4日分は以前のダービー開催時の中京を肩代わりした形だが、残る3場の4日は北海道の削減分を充てた形と言える。13年は札幌の改修工事のため、北海道開催は函館のみ24日。終盤は毎週のように豪雨に見舞われて無残な馬場状態になった年である。札幌の工事が完工した14年は札幌14、函館12となったが、昨年からは2場が12日ずつに削減。JRAの後藤正幸理事長は15年の日割を「ひな型」と規定する発言をしており、当面は24日が続きそうだ。

 本場のテコ入れという意味に加えて、北海道の2場には泣きどころもある。とにかく、首都圏、近畿圏から遠く、輸送の負担が大きい。栗東から北海道に陸路で運ぶのは1日仕事で、当然、他場への輸送と比べて経費も高い。美浦から1度の輸送で、中山や東京は3万円台、新潟は6万円台半ばなのに対し、札幌は20万円前後という。北海道の場合、滞在で出走する例も多く、単価の差がそのまま輸送コストの差にならないが、「裏函」ならそうは行かない。

 馬主側も事情は同じで、北海道で走れば、担当の厩務員や調教助手は長期出張となるケースが多い。この場合の出張手当は馬主持ちとなり、ただでさえ高額とされる預託料がさらに膨らむ。賞金は同水準だから、馬主側も、適鞍があるなら新潟や小倉を使ってくれた方がマシということになる。

 もう一つの難点は最大出走可能頭数の少なさ。札幌、函館とも芝の1200、2000メートルはフルゲート16頭だが、札幌の芝1800、2600メートルは最大14頭である。ダートに至っては2場とも1000、1700、2400メートルのみと多様性に乏しく、フルゲートも12頭か13頭と少ない。同じ夏場に開催される新潟の場合、芝は全部の距離がフルゲート18頭で、ダートも15頭。コース形態が小回りの小倉でも、芝1200、2000はフルゲート18頭。競走回数の多いダート1700は4大場並みの16頭である。

一時は札幌移転論も


 こうした難点を抱える一方で、夏場の気候は圧倒的な利点である。毎年、札幌記念にGI級が参戦しており、秋の始動に備える有力馬がこの時期、札幌や函館に入厩するのは年中行事だ。関東以北で最も人口の多い札幌市(約195万=8月1日現在の住民基本台帳人口)に位置する札幌は特に、「もう少し生かし方があるのでは」という意見もある。問題は現在の競馬場が市街地のただ中で用地確保も難しく、コースなどを大がかりに改修する余地がない点だ。14年完工の改修工事も、老朽化したスタンドに手をつけて終わった。

 実は地元で札幌競馬場の移転話が出たこともある。05年暮れには札幌商工会議所が、現在の競馬場を札幌ドームの隣接地に移設する構想を立て、JRAに実施を要望した。移設費用は全面的にJRAが負担するという相当に虫の良い話だったため、当然ながら日の目は見なかった。ただ、今も人口増の続く札幌の中心市街地で、まとまった土地は「競馬場と北大しかない」と言われる。競馬界の事情や考え方と関係なく、競馬場移転を前提にした地域開発のプランを語る人もいるが…。

 JRAとて、巨額の新築費用を賄うだけの売り上げが期待できるのであれば、考慮の余地はあるかも知れないが、そこは所詮、夏場のローカル開催。器を変えたからと言って、劇的に売り上げが伸びる訳ではない。売り上げの65%以上はネット発売が占める時代。札幌や小倉の開催でも、売り上げの出所は別である。売れるためには、質の高い人馬を集める必要があるが、競走馬も生き物。年中無休という訳には行かない。開催は続いても、特に一流馬にとって、夏場が暗黙のシーズンオフであるという事実は重賞体系が物語る。

札幌記念はGI昇格はあるか?


教えてノモケン

▲モーリス参戦で沸いた今年の札幌記念(撮影:高橋正和)


 では、一部で待望論のある札幌記念GI昇格の可能性はどうか? まずは基準となるレーティングを見てみよう。ハープスター、ゴールドシップの対戦が注目を集めた14年は、牝馬のアローワンスを考慮した上でのレースレーティング(RR)が114.75、上位4頭の年末段階のレーティングを反映したパフォーマンスレート(PR)が118.75で、115のGI基準をクリアした。だが、13年はRR103.75、PR112.25と遠く及ばず、昨年もRR111、PR111.5と低調だった。

 ネオリアリズムが同じ堀宣行厩舎のモーリスを抑えた今年は、同じ基準のPRが113.25。今回はモーリスのレートが113に抑えられたため、RRは115に届く可能性があるが、まだ大阪杯並みに安定的なレートを確保しているとは言い難い。

 JRAもGI昇格に必ずしも積極的には見えない。新装の札幌はスタンドのコンパクト化を図っており、GIとなれば急増する入場者をさばけるかどうかが問題となろう。札幌記念に有力馬が集まるのは、どこまでも秋のGIの「前哨戦」という位置づけで、GI昇格に違和感が伴うのも事実だ。夏場に1つGIがあってもバチが当たらない気はするが、「体系」がつくれない点はネックである。

※次回の更新は9/26(月)18時を予定しています。
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教えてノモケン! / 野元賢一
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1964年1月19日、東京都出身。87年4月、毎日新聞に入社。長野支局を経て、91年から東京本社運動部に移り、競馬のほか一般スポーツ、プロ野球、サッカーなどを担当。96年から日本経済新聞東京本社運動部に移り、関東の競馬担当記者として現在に至る。ラジオNIKKEIの中央競馬実況中継(土曜日)解説。著書に「競馬よ」(日本経済新聞出版)。

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