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離して勝つ魅力

  • 2016年12月24日(土) 12時00分


 過去の有馬記念の成績表を眺めていると、それぞれのゴールシーンが鮮やかに蘇ってくる。

 10年前の2006年、ディープインパクトが4コーナーから「飛んで」、2着を3馬身突き放したレースも素晴らしかったが、「強烈さ」とか「破壊力」といった言葉がより似合うのは、3年前の13年、オルフェーヴルが2着を8馬身ぶっちぎったレースだろう。

 ディープはヒュンと伸びたのに対し、オルフェはドッカーンと爆発した。

 どちらが強いとか、好きとか、そういう話をするつもりはない。

 ただ、競馬という、切磋琢磨し合うライバルたちより鼻でも頭でも前に出ることを目指す競技において、5馬身、8馬身、10馬身とぶっちぎったレースというのは、2着以下、つまり敗者とは別次元に突入したことを見た目でわかりやすく示している感じがして、とてもいい。

 離して勝つというのは、野球で言うと看板直撃の特大ホームランのようなものだ。フェンスをギリギリ越えてもホームランであるということでは同じなのだが、敵を震え上がらせ、味方を勇気づけ、見ている者たちを興奮させる――という点においては比ではない。ボクシングのKO勝ちと判定勝ちの違いも同様で、プロスポーツなら、やはり、誰もが戦慄するほどの強さを見せていくことも必要だろう。

 ワールド・サラブレッド・ランキングなどでは2着につけた差が大きいと評価が高くなり、ジャスタウェイは2着を6馬身ほど離したドバイデューティフリー、エイシンヒカリは10馬身ちぎったイスパーン賞で見せたパフォーマンスにより、ともに世界一になった。

 なぜ、離して勝つことが重視されるのか。

 当たり前のことを言うが、例えば、先述したオルフェの有馬記念の場合、道中オルフェに何かアクシデントがあってロスしたとしても、そのロスが8馬身以内であれば、オルフェは勝っていたことになる。しかし、これはあくまで観念的な算数に過ぎない。実際は、どこかで脚を溜めるところがあったからあの爆発力を発揮できたわけで、脚を溜める過程で大きく手綱を引いたり、躓いたり、逸走したりというロスがあったなら、そこでのロスが8馬身以内だったとしても、最後に後ろを8馬身離すだけの脚を使うことはできない。であるから、実際のレースには当てはまらない理屈なのだが、「何があってもこの馬が勝っていた」ということを示す、意味と価値のあることだと思う。

 オルフェは、ここがラストランとなることがアナウンスされていたなか、あのパフォーマンスを見せた。それにより、翌年からの種牡馬生活に向けて弾みをつけ、馬産地に大きな期待感を抱かせることになった。

 あの8馬身差は、人々のさまざまな思いや夢をふくらませる着差だったのだ。

 今私が見ているのは競馬週刊誌に掲載されている過去10年のデータなのだが、当サイトで過去20年まで遡って有馬記念の結果を見ていくと、03年のシンボリクリスエスも9馬身という大きな差をつけて頂点に立っている。

 ファン投票で選ばれた一流馬による争いなので、基本的には差のつきにくいレースなのだが、あの年はハイペースになり、レコードが飛び出す展開になったことも、大きな差を生む要因になった。

 中山芝2500メートルは、ゲートからの半周が外回りで、2周目は内回りというトリッキーなコースだ。ゲートを出てゆるい坂を下りながら3コーナーを回るのだが、ここで勢いがつきすぎると抑えが利かなくなり、掛かってしまう。そのまま正面スタンド前に出て、10万人超の大歓声にさらされながらゴール前の急坂を勢いよく上ってしまうと、最後までスタミナがもたなくなる。そんなふうに「コースの魔物」につかまる馬が多くなった場合は、差がつきやすくなるのかもしれない。

 今年の有馬記念はどうなるだろうか。

 勝つときはいつも小差と言われていたキタサンブラックは、前走のジャパンカップで2着に2馬身半の差をつけた。後ろから迫られたらそれ以上の末脚を繰り出し、文字どおり、突き放した。ずっと先頭を走っていたから鋭さがわかりにくかったが、もし前に馬がいたら、瞬時にかわして置き去りにしていただろう。

 しかし、キタサンは瞬発力でぶっちぎるタイプではない。ちぎることがあるとしたら、超ロングスパートをかけて後ろをヘロヘロにさせて自分だけ伸びつづける、という競馬をしたときではないか。

 これが引退レースなら、武騎手は、種牡馬としての箔をつけるためにそうしたレースをするかもしれないが、今回は、派手に勝つより確実に勝つ競馬を選ぶはずだ。

 そうはさせじとクリストフ・ルメール騎手のサトノダイヤモンドが、序盤も、ペースが上がってからもずっとキタサンを射程に入れながら、抜け出す機をうかがう。

 ナリタブライアンとマヤノトップガンがゴールまで800メートルにわたって叩き合いを繰り広げた1996年の阪神大賞典のように、キタサンとサトノが3番手以下を大きく引き離して叩き合う「歴史的マッチレース」になってくれないものか。

 そうなったら、「世界のゴールは、おれたちの前か、後ろか」というキャッチをつけて、レビューを書きたい。

 さあ、クリスマスはグランプリでワクワクしよう。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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