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【矢作厩舎の厩舎力(完結編)】矢作芳人調教師(前編)『“開成出身”がずっとコンプレックスだった』

  • 2017年03月17日(金) 18時02分
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▲類稀なる人間力を持つ異色のボス “矢作芳人”という人とは


2016年、2度目のリーディングに輝いた矢作厩舎。所属の坂井瑠星騎手、中谷雄太騎手、スタッフの渋田康弘助手、岡勇策助手、門下生の青木孝文調教師、松下武士調教師のインタビューから、“厩舎力”に迫る特別企画をお届けしてきました。
(→『2016年全国リーディング 特別企画』特設ページへ)

特集の最後を締めくくるのは、“厩舎のボス”矢作芳人調教師の単独インタビュー。超名門校の“開成”出身、ダービー制覇、海外GI制覇、二度の頂点――眩しい経歴の裏には知られざる「暗黒の20年」があったと言います。成功者の原点が、いま明かされます。

(取材・文:不破由妃子)



成績はいつも、50人中45位から48位あたり


 1月4週目から6週にわたってお届けしてきた特別連載『矢作厩舎の厩舎力』。その最後を締めくくるのはやはりこの人、矢作芳人である。

 一連の連載に目を通した矢作は、開口一番「いやぁ、みんな褒めすぎだろ」と照れてみせた。しかし、それも致し方なしと思うほど、ジョッキー、厩舎スタッフ、門下生から上がってきた矢作についての証言は、「理想のボス像」に満ち溢れていた。

 もちろん、何を書かれるかしれない取材の場で、ボスの悪口を言う人間などいない。ただ、それが本心からの言葉なのか、あるいは表面上のものなのか、長年“人間”を取材してくれば透けて見えてくるものがある。しかし、今回の一連の取材では、不思議とそういったむず痒さを一度も感じることがなかった。

「自分の人生を変えてくれた」と語った中谷の声は震えていたし、矢作とのエピソードを語る渋田の目には、ときに光るものがあった。何より、開業から丸12年、自分から辞めていった人間も、矢作が辞めさせた人間もいないという、ほかの厩舎では考えられない厳然たる事実がある。

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▲「先生と出会って考え方がガラッと変わった。自分の人生を変えてくれた」と中谷騎手


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▲開業当初から支えている厩舎の立役者、渋田助手


 後述するが、厩舎オリジナルの飼料や、管理馬の動向が一目でわかるネット上のシステムを導入するなど、経営面にも“矢作流”のテクニックが随所に施されている。が、やはりこの厩舎を支えているのは、そこに関わる人間たちの熱量──つまり、それを生み出しているボスの“人間力”にあるのは間違いない。

 矢作芳人は、なぜこれほどまでに人の心を掴むことができるのか。すべての取材を終えたとき、その血肉となっているものを知りたいと思った。

 競馬ファンにはすでに浸透している情報だが、矢作は、長年東京大学合格者数NO.1を誇る、開成中学校・高等学校の出身。同級生のほとんどが有名大学へ進学するなか、父(大井競馬の元調教師・矢作和人氏)の影響もあり、競馬界に進むことを決意。卒業後は修行のため、単身オーストラリアに渡り、帰国後は父の厩舎を手伝いながら経験を積んだ。

「小学校のときはね、あまり勉強をしなくても成績が良かったんです。それで、それなりに勉強をして開成中学に入った。でも、周りの同級生たちを見てすぐに気づいたね。自分がどんなに頑張っても、勉強ではこいつらに絶対に敵わないと。なにしろ、1クラス50人中、成績はいつも45位から48位あたり(笑)。今思えば“逃げ”だろうけど、早々に頑張ることを止めたんです。

 ただ、テニス部に入って、キャプテンを務めさせてもらってね。部活動の時間がだいぶ救いにはなりましたけど、ただやっぱり勉強ができないというのは、開成では致命的だからね(苦笑)。現実から目を背けるように、遊んでばかりいましたね。

 今だから言えるけど、遊びに関しては15歳で赤坂でデビューして、17歳で六本木を引退(笑)。当時の遊びの目的なんて大概はナンパだったけど、これがまた女の子にも全然モテなくて(笑)。俺にとってあの6年間は、本当に暗黒だったなぁ。自分のなかの暗い部分であり、そのあともずっと“開成出身”というのがコンプレックスだった。

 オーストラリアと大井では本当にいい経験をさせてもらったけど、JRAに入ってからはまた、旧態依然とした厩舎村のなかで人間扱いされない時期があったり、調教師試験に落ち続けたり…。長い長い暗黒の時代がまた始まってね」

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