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絆の舞台裏

  • 2017年03月25日(土) 12時00分


 慌ただしい一週間だった。

 月曜日はファンディーナのフラワーカップの勝ちっぷりに圧倒されたあと、午後6時10分から放送されたドラマ「絆〜走れ奇跡の子馬〜」のメイキング番組を視聴。私のインタビューがボツになっていなかったのでホッとしていると、単行本のカバーに油彩「白馬星雲」を提供してくださった久保田政子画伯から「見たわよ」と留守電が入っていた。すぐ折り返したのだが、何度かけてもつながらず、今も話せていない。

 火曜日はWBC(ワールドベースボールクラシック)の準決勝、プエルトリコとオランダの試合を見て戦力分析をし、その後、JRAの図書室で調べ物。

 水曜日はWBCの準決勝で日本がアメリカに惜敗してため息をつきながら、侍ジャパンの健闘に拍手を贈った。いいチームだった。

 木曜日は絆の前編オンエア。お祝いとして、馬のバルーンアートやお菓子などを贈ってくれた人もいて、嬉しかった。放送が終わってすぐ、本に帯文をくださった伊集院静さんから電話があった。「いいドラマだった。原作よりよかったよ」と笑っていた。

 金曜日は、午後2時から行われたグリーンチャンネル「草野仁のGate J.プラス」の公開収録に立ち会った。ゲストは藤田菜七子騎手と、師匠の根本康広調教師。今なお「菜七子フィーバー」は凄まじく、午前中のうちに整理券はハケてしまい、朝、Gate J.がオープンする前から並んでいた人もいたという。部屋の空気が薄くなったように感じられるほどの超満員だった。

 打ち合わせのとき、草野さんが、絆前編の視聴率を電話で問い合わせ、同時間帯の他局の番組の視聴率と併せた「横並び」の数字を教えてくださった。合格発表を待つ受験生のような気分で、緊張しながら聞いた数字は、関東地区7.3%。ほぼ同じタイミングでNHKのプロデューサーからメールがあり、福島県では18.3%にも達していたという。このとき会った関係者の視聴率は80%ほどで、録画したという人を加えると、ほぼ100%だった。

 そして午後7時半から絆後編オンエア。終わると、メールやSNSのメッセージなどがたくさん来て、ひととおり返信し終えて今に至る。

 大きな山を越えた感じで、燃えつき症候群になりそうだ。

 周囲には「これが人生のハイライトだった、ってことにならないよう頑張るよ」と話していたのだが、本当に、そうならないよう気をつけたい。

 本の場合、上下巻なら上巻のほうがたくさん売れるのが普通なのだが、ドラマの前後編の視聴率はどうなのだろう。本稿の〆切までにはわからないのが残念だ。

 原作者というのは、半分関係者で、半分部外者のようなもので、前にも書いたように、撮影現場に行ったのは一度だけだ。セレクトセール最終日の翌日だった。閉場した日高の牧場に相馬中村神社の厩舎と同様のセットを組み、そこでの撮影がようやくこなれてきたころだった。

 現場に着いた私を、プロデューサーが、俳優とスタッフ(50名以上いたように思う)に紹介した。

「原作者の島田さんが、遠路はるばる激励に来てくださいました。本日はみなさんへの差し入れも用意してくれました。それでは、島田さん、ひと言」

 私はかなりうろたえた。遠路はるばるといっても、札幌の実家からクルマで来たので2時間ほどしかかかっていなかった。それに、差し入れなど用意していなかったので、挨拶が済むと慌てて海沿いのコンビニに向かった。北海道らしからぬ暑い日だったので、アイスやスポーツドリンクなどを店員がびっくりするほど買い占め、差し入れた。

 そのとき、春の打ち合わせのときには馬に触ったこともなかった制作チーフが、放牧地から馬を曳いて厩舎に入れ、ブラッシングしているのを見て驚いた。

 馬の扱い方の指導は、私と四半世紀の付き合いになる生産者の藤本直弘さんと、門別貴紘さんが担当していた。

 藤本さんの考えだと思うのだが、その日撮影のなかった田中裕子さんが厩舎に来て、馬に青草を食べさせたり、ブラシをかけたりという作業をしばらくして、またホテルへと戻って行った。これは「ふれあいタイム」と呼ばれ、翌日の撮影で、人馬のコンタクトがスムーズに進むようにするための工夫である。あれほどの大女優が、こうした見えない努力をしていることに、ちょっと感動した。

 新垣結衣さんは、馬と共演するのは、まったく初めてというわけではなかったようだ。彼女は、リヤンドノール役の馬を見つめ、あの子たちから見ると、自分は「こちら側」の人間だということを忘れないようにしている――といったことを話していた。

 こちら側というのは、カメラやマイクを持ったスタッフと同じ側で、藤本さんや門別さんのように、馬と一緒に暮らしている側ではない。馬たちは、これが撮影だとはわかっていないので、牧場主の娘役の新垣さんに対しても、よその人、として接する。

 とても頭のいい人だな、と思った。

 そして、この現場なら、間違いなく、素晴らしい作品になるだろう、と確信した。

 田中さんも、新垣さんも言っていたように、私も、大きくなったリヤンに会いに行きたいと思う。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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