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ファンディーナが掘り起こす競馬史

  • 2017年04月01日(土) 12時00分


 3戦3勝でフラワーカップを圧勝したファンディーナ(牝3歳、父ディープインパクト、栗東・高野友和厩舎)が、牡馬相手の皐月賞に向かうことが発表された。追加登録料200万円を払っての参戦となる。

 もし勝てば、1948年のヒデヒカリ以来69年ぶり3頭目の快挙だ。これまで23頭の牝馬が皐月賞に出走したが、グレード制が導入された1984年以降は、1991年5着のダンスダンスダンスと、2014年11着のバウンスシャッセの2頭だけ。ただでさえトリッキーな中山芝2000mで、馬場コンディションがタフになる時期だけに、チャレンジそのものが少なくなって当然か。

「勝てば69年ぶり3頭目」という表現、どこかで聞いたことがないだろうか。そう、2007年のダービーにウオッカが参戦したとき、「勝てば1943年のクリフジ以来64年ぶり3頭目」と言われていたのだ。

 ヒデヒカリが勝ったのは第8回皐月賞で、当時の名称は「農林省賞典」。舞台は東京芝2000mだった。

 牝馬として初制覇を果たしたのは、その前年、1947年のトキツカゼだった。

 トキツカゼは、終戦後、競馬が再開されたばかりの1946年秋にデビューし、旧4歳になった1947年に皐月賞とオークスを制覇。ダービーでは日本初の親仔制覇を達成したマツミドリから頭差の2着という、とつてもない強さを見せていた。

 さらに、繁殖牝馬として、ダービー馬オートキツ、天皇賞・春と有馬記念を制したオンワードゼアという2頭の年度代表馬を送り出し、その名声をさらに高めた。

 顕彰馬に選出されたこの名牝から数えて5代目にあたるウメノファイバーが1999年のオークスを制するなど、現代の競馬においても影響力を発揮している。

 一方のヒデヒカリにも、また違った血の物語がある。

 ヒデヒカリは、皐月賞を制した翌年、中山記念・秋を勝ち、旧6歳の1950年限りで現役を退いた。繁殖牝馬としては、1958年の東京障害特別・秋、1959年の中山大障害・春などを勝ったオータジマを出したぐらいで、この馬の血を引く目立った活躍馬は出ていない。

 しかし、母のアステリモアに目を向けると、様々な物語が見えてくる。アステリモアは、18歳8カ月だった保田隆芳の手綱で1938年の第1回オークス(阪神優駿牝馬)を制した名牝だ。ヒデヒカリのほか、1950年のオークス2着のシラヨシ、1957年の重賞キヨフジ記念を勝ったタカツキなどを産み、この牝系は、その後も長くつながれた。1980年代に入ってからも勢いがあり、その後は私が探し切れていないだけで、今もどこかに子孫がいるのかもしれない。

 今回のファンディーナのように、かなりレアでありながら、可能性を感じさせる大きなチャレンジがなされると、自然と競馬史をさかのぼり、かつての名馬物語に行き着くところが面白い。

 そして、名馬の背には必ず名騎手がいる。前記の保田隆芳によるオークス制覇は、今も残る最年少クラシック優勝記録だ。これを破るには、3月生まれの新人騎手が菊花賞を勝てば可能だが、ちょっと考えづらい。新人が春のクラシックまでにGI騎乗が可能になる31勝を挙げるのはもっと難しいので、この記録は、前述のクリフジの主戦騎手だった前田長吉が保持する、20歳3カ月のダービー最年少優勝記録同様、おそらく不滅だ。

 保田は、1958年にハクチカラとともに渡米し、帰国後、モンキー乗りを日本にひろめた騎手界の改革者だ。史上初の通算千勝、八大競走制覇(ほかに達成したのは武豊のみ)など、数々の金字塔を打ち立てた。

 前田は、ダービーを勝った翌年旧満州に出征し、終戦後、旧ソ連に抑留され、シベリアの収容所で戦病死した。23歳になったばかりだった。しかし、遺骨がDNA鑑定の結果本人と判明し、2006年初夏、62年ぶりに青森県八戸市の生家に「帰郷」し、大きなニュースになった。

 皐月賞のあとも、こうしてかつての名馬・名騎手の足跡を辿ることになるか。ファンディーナの走りに注目したい。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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