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アイルランドの名門牧場、バリーマコール・スタッドが競馬事業撤退

  • 2017年04月05日(水) 12時00分


◆秘蔵の血脈が売りに出されるという稀有な機会に

 アイルランドの名門牧場バリーマコール・スタッドが、競走馬の生産と所有から撤退することになり、50頭余りの繁殖牝馬や現役馬がマーケットに放出されることになった。

 バリーマコール・スタッドは1946年、英ダービー馬ストレートディールなどの馬主として知られたドロシー・パジットさんが買収。同女史の生産拠点となった後、1960年にアーノルド・ウェインストック卿が入手。2002年にウェインストック卿が亡くなった後も、今日まで御遺族たちによって運営されてきた、伝統ある生産牧場である。

 英国実業界における立志伝中の人物が、アーノルド・ウェインストック卿だ。1949年に結婚したネッタ夫人が、ラジオ部品の製造販売を手掛けるソーベル・グループの創業者マイケル・ソーベル氏の娘で、アーノルドもソーベル・グループの経営に参画。カラー放送に切り替わり始めたテレビ受像機の製造と販売で、財を築くことになった。バリーマコール・スタッドを買収した3年後の1963年、アーノルドはゼネラル・エレクトリック社の筆頭株主となって経営権を掌握。当時は年間1億ポンドだった同社の売り上げを、その職から退いた1996年には110億ポンドまで拡大させるという、卓越した経営手腕を発揮。第2次大戦後の英国に出現した、最高の実業家のひとりと形容された。

 そんなウェインストック卿が、本業で得た財を惜しみなくつぎ込んだのが、バリーマコール・スタッドで、今日まで生産したG1勝ち馬の数が29頭、獲得したG1の数が54という、個人馬主が営む生産組織としては異例とも言える成功を収めたのだった。

 バリーマコール・スタッドのペールブルー(=淡い水色)の勝負服を背負った最初の大物が、1967年にセントジェームスパレスSやサセックスSを制してチャンピオンマイラーとなったリフォーム(馬主はマイケル・ソーベル)だった。1979年には、第200回という節目の年を迎えた英国ダービーをトロイで優勝。2004年にはノースライトで2度目の英国ダービー制覇を果たしている。

 日本の競馬ファンにとってもお馴染みなのが、1997年のジャパンCを含めて、世界5か国で6つのG1を制したピルサドスキーだ。また、連覇を果たしたG1BCターフを含めて4つのG1を制した後、日本で種牡馬入りしたコンデュイットも、バリーマコール・スタッドが生産所有した馬だった。

 ウェインストック卿の没後は、1973年から場長の座にあったピーター・レイノルズ氏が実質的な舵取りを行ってきたバリーマコール・スタッドだが、そのレイノルズ氏が高齢を迎え、ウェインストック家にも馬事業を継ぐ者がいないため、競馬から撤退し50頭余りの所有馬を全て売却することになったものだ。馬たちはカテゴリーに応じて、英国ニューマーケットでタタソールズ社が開催するセールに、順次上場される予定だ。

 放出される16頭の現役馬の中で最も注目されるのが、マイケル・スタウト厩舎のアビングドン(牝4、父ストリートクライ)である。同馬は3歳だった昨年、5戦して、LRゴルトレスS(芝12F),LRロードウェインストックメモリアル(芝10F6y)の2つの準重賞を含む3勝をマーク。今季は重賞戦線での活躍が期待されている1頭だ。同馬は、10月のオータム現役馬セール、もしくは、12月のディセンバーセール牝馬セッションに上場される模様だ。

 放出される繁殖牝馬の中には、連覇を果たしたG1ヨークシャーオークス(芝12F),G1BCフィリー&メアターフ(芝10F),G1ナッソーS(芝9F192y)と4つのG1を制しているイズリントン(牝18、父サドラーズウェルズ)が含まれている。既に高齢ではあるが、ここ9年連続で産駒が生まれており、現在の健康状態も良好と伝えられている。イズリントンの3/4妹で、前出のアビングドンの母であるジャストルックドンタッチ(牝9、父ガリレオ)もまた、12月のディセンバーセール牝馬セッションに上場予定だ。

 この他、10月のオクトーバー1歳セールには、オアシスドリーム、ロペドヴェガ、シーザスターズ、シャマーダル、エクシードアンドエクセルらを父に持つ1歳馬たちが上場される予定だ。

 半世紀以上にわたって名馬を輩出し続けてきた名門牧場の、秘蔵の血脈が売りに出されるという稀有な機会だけに、バリーマコールのディスパーザル(=一斉放出)には、世界のホースマンたちの熱い視線が寄せられることになりそうである。

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1959年(昭和34年)東京に生まれ。父親が競馬ファンで、週末の午後は必ず茶の間のテレビが競馬中継を映す家庭で育つ。1982年(昭和57年)大学を卒業しテレビ東京に入社。営業局勤務を経てスポーツ局に異動し競馬中継の製作に携わり、1988年(昭和63年)テレビ東京を退社。その後イギリスにて海外競馬に学ぶ日々を過ごし、同年、日本国外の競馬関連業務を行う有限会社「リージェント」を設立。同時期にテレビ・新聞などで解説を始め現在に至る。

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