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【座談会】“海外競馬”の取材現場は? ―「競馬メディアのあり方」を騎手・記者・評論家が徹底討論

  • 2017年06月19日(月) 18時00分
ノンフィクションファイル

▲今年のベルモントSの勝ち馬陣営の様子、海外の取材現場は日本と何が違う? (C)netkeiba


複雑な難しさがついてまわる競馬の取材現場。どうすればよりよい環境が整うのか。現状の問題と課題、未来への提言を、現役騎手、トラックマン、評論家が一堂に会して徹底討論するこの企画。では、他の業界の取材現場はどうなのか? 「海外競馬」「プロ野球」「サッカー」の3ジャンルを比較検証します!

(文:斎藤修)



欧米では“馬主の存在”が目立っている


 日本の競馬の取材現場で独特と思うことのひとつに、レース後の騎手のコメント取りが挙げられる。

 たしかにレース中の当事者は騎手しかいないので、騎手から話を聞くことは重要だが、それこそが取材のすべてになっているような感じを受けることがある。それゆえ新聞などを読むファンもそれを求めるし、あって当たり前ということになっているのだろう。

 海外の大レースでは、主催者が騎手や調教師のコメントを取る係を用意しているか、もしくは地元記者の代表が主催者にその情報を提供し、レースが終わって1時間もすると出走全馬の騎手コメント(場合によっては調教師コメントも)のリリースが出される。紙で出されるだけでなくメールで送られてくることもあるので便利だ。

 たしかにテレビやラジオの放送では速報性が求められたり、また記者それぞれに、これだけは聞きたいということもあるだろう。とはいえほとんどの場合、とにかく何かコメントが欲しいということのほうが多いと思われ、JRAが公式のリリースとしてコメントを発表すれば、レース後、騎手の周りに20人も30人もの記者が群がるという状況は解消されると思うのだがどうだろう。

 JRAのウェブサイトでは、海外の大レースに日本の馬が出走した時などは、成績とともに騎手・調教師のコメントが掲載されるが、日本で行われているレースではそれがない。せめてGIだけでも、できれば全重賞で、騎乗騎手全員のコメントをJRAのリリースとして公式サイトに掲載してもいいと思うのだが、どうだろう。そうすればファンもそれを見ることができる。

 もうひとつ、日本の競馬で独特なのは、馬主の存在が薄いこと。表彰式には出るが、勝利インタビューや共同会見でしゃべることはほどんどない。最近では、北島三郎さんやドクターコパこと小林祥晃さんなど、タレントとして知名度が高い方が馬主の場合にはインタビューが設定されることもあるが、それはごく稀なケース。

 あまり昔のことはわからないが、2000年以降、タレントなどではなく、純粋に馬主としてGIレースなどのあとにインタビューが設定されたのは、コスモバルクの岡田繁幸さん、ディープインパクトの金子真人さん、アドマイヤムーンがジャパンCを勝ったときのダーレー・ジャパン代表・高橋力さんなどがいたと記憶している。すべてのGIを現場で見ているわけではないので、ほかにもいたかもしれないが、何年かに一度というレアケースであることは間違いない。

 競走馬はそもそも馬主のもの。欧米の競馬先進国では、馬主の存在が目立っている。特にアメリカではその傾向が強いようで、たとえばブリーダーズCの各レース後に行われる共同会見では、ほとんどの場合で馬主が真ん中にいて、調教師や騎手と同じようにインタビューを受ける。

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▲2015年BCクラシック、アメリカンファラオの会見 (中:馬主のアーメド・ザヤット氏、左:V.エスピノーザ騎手、右:B.バファート調教師)(撮影:斎藤修)


 日本における調教師へのインタビューでは、次走やその先の予定について、「馬主さんと相談してから……」という決まり文句がよく聞かれるが、それがその場をつまらなくしているように感じるのは僕だけだろうか。馬主が会見に同席していれば、会見の場で今後について相談となるかもしれず、それはファンに対してのアピールにもなる。

ウオッカのレース後の会見で…海外記者の姿勢


 日本で馬主があまり表に出ないのは、日本の競馬が発展する過程に起因していると思われる。

 昭和から平成にかけてのオグリキャップや武豊騎手の活躍による競馬ブームがきっかけで競馬場にも若い女性が多く訪れるようになり、競馬は市民権を得るようになった。しかしそれ以前、競馬は世間的にはうしろめたいものだった。僕はそういう時代をほとんど経験していないが、電車の中で競馬新聞を広げていると白い目で見られた、などというのはよく聞く話。あくまでも個人的な想像だが、そうした時代には、所有馬が大レースを勝ったからといって、馬主だということをあまり表立ってはアピールできなかったのではないだろうか。

 しかしながら大レースを勝ってもっとも祝福されるべきは馬主で、馬主自身ももっとそれをアピールしていいと思う。欧米の大レースでは、勝ち馬がゴール板付近に戻ってきた際に、馬主が引き綱を持って馬を引いて歩くというシーンがよく見られる。とても絵になる場面だ。たとえばドバイワールドCの開催で、モハメド殿下が勝った馬を自身で引いてウイナーズサークルがあるパドックに戻ってくるというような場面は、写真などでも見たことがあるだろう。

 日本では、レース直後となるといろいろ問題がありそうだが、後検量を終えたあとなら問題ないはず。口取り写真の撮影をする前に、そうした演出があってもいいのではないか。

 騎手・マスコミ・ファンの関係ということでは、アメリカなどはものすごく身近でフレンドリーだ。競馬場の構造にもよるのだが、たとえばサンタアニタ競馬場では、ブリーダーズCなど大レースのときでも、騎手は普通にファンのエリアを歩いてパドックに向かう。レースの騎乗間隔があいているときなどは、さすがに勝負服は脱いでいるものの、ファンのエリアで、知り合いなのか単なるファンなのか、普通に話をしていたり、サインに応じたりという場面がよく見られる。

 公正競馬が厳しく言われる日本では無理だろうし、そもそも競馬に限らず有名人がそこにいるとわかれば、たちまち人だかりができてしまう日本のようなところでは、ほとんどありえないことではある。

 メディアの発言の自由度となると、これはなかなかに難しい。記者と騎手が取材の上で信頼関係を築くようになれば、その騎手に対する辛辣な評価はしにくい。これは国の違いによらず人間関係としては当然のことだろう。

 ただ記者会見などでは、日本であればちょっと聞きづらいような内容でも、海外ではズバズバと質問する記者が多いように思う。たとえばこれは日本でのことなのだが、ウオッカが勝った2009年のジャパンCのレース後の会見でのこと。

 この年のウオッカにはずっと武豊騎手が乗っていて、ヴィクトリアマイル、安田記念とG1で2勝を挙げていた。しかし秋は、毎日王冠2着、天皇賞・秋3着という成績。そしてジャパンCは、C.ルメール騎手への乗替りとなって勝った。

 このときは武騎手が「降ろされた」と思わせる状況で、その乗替りがさまざまに話題となっていた。レース後の会見では、そのことで腫れ物にさわるような雰囲気があった。しかしアメリカのBlood-Horse誌の編集長、レイ・ポーリック氏は、「今回の乗替りの経緯と、それは誰が決めたのか」という、そのものズバリの質問をした。一瞬、その場の日本人記者たちは凍りついたような雰囲気になった。角居調教師がどのような回答をしたかは覚えていないのだが、当たり障りのない無難な答えを言ったような気がする。

 普段から日本の競馬の取材をしているわけではない外国人記者が空気を読むということができるはずもないし、もちろんそういう遠慮もするべきではない。むしろ記者としては、多くの人が知りたいと思うことを直接取材し、正確に伝えたいという態度は、本来あるべき姿と思う。

東奈緒美 1983年1月2日生まれ、三重県出身。タレントとして関西圏を中心にテレビやCMで活躍中。グリーンチャンネル「トレセンリポート」のレギュラーリポーターを務めたことで、競馬に興味を抱き、また多くの競馬関係者との交流を深めている。

赤見千尋 1978年2月2日生まれ、群馬県出身。98年10月に公営高崎競馬の騎手としてデビュー。以来、高崎競馬廃止の05年1月まで騎乗を続けた。通算成績は2033戦91勝。引退後は、グリーンチャンネル「トレセンTIME」の美浦リポーターを担当したほか、KBS京都「競馬展望プラス」MC、秋田書店「プレイコミック」で連載した「優駿の門・ASUMI」の原作を手掛けるなど幅広く活躍。

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